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黒木知宏はスゴい投手だったのですか?

par********さん

2015/4/1520:22:00

黒木知宏はスゴい投手だったのですか?

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hir********さん

2015/4/1600:40:42

ロッテは、今でこそやや立ち直りましたが、黒木知宏投手が在籍していたほとんどの時期は正に弱小の暗黒時代でした。
1980年、81年の前期優勝(パリーグは当時は前期・後期の2期制でした。)を最高順位以降は、86年の4位から94年の9年間は5~6位のどん底状態でした。

そして黒木投手が94年のドラフトで入団した翌年95年(黒木投手の1年目)。
あのボビー・バレンタイン監督が就任して2位となります。
黒木投手も5勝7敗、防御率3.71とまずまずのスタートを切り、闘志を前面に押し出したプレースタイルもファンの心をつかみました。
チームの順位も2位に躍進。これからのロッテの未来は明るいと思われたのですが...。

ところが、当時のGMの広岡達朗氏とバレンタイン監督が対立。
バレンタイン監督はわずか1年でロッテを去りました。
そして翌年より再びロッテは暗黒の低迷時代となります。
96年~2004年の9年間。4~6位という万年Bクラスの状態でした。

黒木投手は、そのロッテの低迷期にもう1人のエースである小宮山悟投手と共にロッテを支える「ダブルエース」の1人として奮闘して支えました。
更にその小宮山悟投手も2000に退団すると正に孤軍奮闘状態となりました。
それでも闘志を前面に押し出して全力投球するその姿は、低迷するチームの応援団はもちろんプロ野球ファンの心をつかみました。
特に96年以降は主力選手の退団・移籍・大怪我が続出してロッテはチームとして崩壊に近い惨状を呈していただけに、黒木投手は「魂のエース」、「ジョニー」と呼ばれてファンに親しまれていました。

特に98年のロッテはシーズン中に1引き分けを挟んで18連敗という日本新記録(現在でもプロ野球記録)を喫しました。
ロッテは、リードしても逆転される、投手が好投しても打線の援護がない、サヨナラ負け、黒木投手を先発から抑え投手に変更しても救援に失敗して逆転される、当時のロッテの球団代表がファンに謝罪する、など正にずたボロ状態でした。

その中でも、特にファンに印象が残っているのは、7/7に行われた対オリックス戦でした。『七夕の悲劇』といわれています。
前日まで16連敗中のロッテは黒木投手が先発。黒木投手は気合十分な気迫の投球を見せて、試合は3-1とロッテが2点のリードのまま9回裏まで進行しました。
そしていよいよ2アウト1塁。オリックスの打者はハービー・プリアム選手。
そして2ストライク1ボールまで来ました。
勝利は目前です。ロッテベンチでは選手らの顔に笑顔がこぼれています。
そして黒木投手はこの試合で139球目を全力投球しました。
プリアム選手の苦手コースの内角低めの146キロのストレート速球でした。
ところがプリアム選手はその球を見事に打ち返して、打球はレフトスタンドに飛び込む同点2ランホームランとなりました。
黒木投手は、マウンドに崩れ落ち、うつむいたまま顔を上げることができず、ただしゃがみ微動だにしませんでした。ロッテの内野手たちが集まり声をかけても反応はしない。放心状態でした。
もちろんまだ同点になっただけで負けたわけでは無いのですが、黒木投手は自力で立ち上がる事ができない状態で、正に魂を全て使い果たして投げた全力投球だったかの様でした。結局、コーチ?におんぶされてベンチに行き投手交代となりました。
ベンチの裏で自分を取り戻した黒木投手は、今度は大声で泣きじゃくる声がグランド内にまで聞こえていたそうです。。
また体もボロボロでした。極度の疲労によって右ひじ、右肩をはじめ全身がけいれんを起こし、降板後は右腕が曲げられなくなっていたそうです。
責任感が人一倍強いエースとしての彼らしいエピソードですね。

ロッテをはじめとする黒木投手のファンは、そのような姿を見せられて感動した人が多かったのです。『悲劇のエース』なんて呼びたくもなるでしょうね。

その後も怪我を抱えながらもそれを押して投球を続け、ロッテの低迷期を支えた黒木知宏投手のファンは多いのです。

そして2005年、復帰2年目のバレンタイン監督のもとで故障に苦しみながらも、8月28日、千葉マリンスタジアムでの対オリックス・バファローズ戦で先発して、3万人のマリーンズファンに支えられ自身1年2か月ぶりの勝利投手となり、最終的にロッテは日本シリーズで阪神を破り優勝を勝ち取りました。
怪我もあり日本シリーズでは黒木投手は登板機会はありませんでしたが、ロッテ在籍中に彼が優勝を経験できた事は喜ばしい事でした。


プロ在籍通算11年。通算76勝68敗1セーブ、防御率3.43。
最多勝:1回、最高勝率:1回、月間MVP:2回、
オールスターゲーム出場:3回、

100勝や名球会の200勝には届きませんでしたが、ファンの心・記憶に残る選手でした。

質問した人からのコメント

2015/4/16 18:56:40

お二人とも、ありがとうございました。

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kam********さん

2015/4/1520:42:56

活躍した時期は短かったですが、当時弱小のロッテのエースとして獅子奮迅の活躍をしていました。

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