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太平洋戦争で、1944年ペリリュー島の戦いがありますが、パラオの他の島、コロール...

uta********さん

2015/6/1216:21:06

太平洋戦争で、1944年ペリリュー島の戦いがありますが、パラオの他の島、コロール島やバベルダオブ島では、アメリカ軍との戦いは起きなかったのでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

pg6********さん

2015/6/1219:20:35

  • pg6********さん

    2015/6/1309:36:56

    ペリリュー島の戦いは、太平洋戦争全般を通じて最も激しい陸戦だったはずです。「はず」と言うのは守備隊の主力陸軍関東軍の精鋭部隊に生存者がおらず、死ぬまで戦った為証言者がいないのです。舩坂さんはペリリュー島ではなく、アンガウル島の守備隊ですし、上田さんは海軍陸戦隊であったかと記憶しています。
    米海兵隊も最初に投入された中隊は全滅しています。生存者のユージーン・B・スレッジの証言はペリリュー島の戦いを伝える物としてとても貴重なものです。
    後にも先にも天皇から戦闘中に御嘉賞を11回ももらった部隊は他にありません。YouTubeの米海兵隊員の証言動画も参考になります。
    地獄よりも凄惨です。地獄など生温いと感じる程の地上戦でした。

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質問した人からのコメント

2015/6/19 01:06:25

とても勉強になりました。ペリリュー島の戦いを詳しく調べてみようと思います。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

wak********さん

2015/6/1220:04:02

もともとパラオ攻略は、マッカーサーによる陸軍中心の攻略線である、ニューギニアからモロタイを経て、フィリピン南部へと繋がるラインに、海軍が対抗して、直接台湾を攻略するラインを提言して対立した。この衝突を避けるために、大統領府は、陸軍のラインとは別に、フィリピンへアプローチするルートとして、パラオのベリリュー島とアンガウル島を海軍中心の戦力で攻略し、フィリピンにおける航空優勢を獲得することを目指した。元々が双方のメンツを立てるための、政治的な動機に基づく作戦であり、戦略的価値の小さな作戦だった。
しかもベリリューの戦いはアメリカ軍の予想を超える激戦となり、占領まで2ヶ月を要し、その間にモロタイ島はあっさり陥落し、そこを拠点にレイテ上陸と攻略、レイテ沖海戦も終わり、フィリピンの航空優勢は確立されてしまった。
既にパラオ攻略の戦略的意義は失われていたのだ
ベリリューの悪戦の後、米軍は戦略的に無意味なこの地の攻略を当然放棄し、戦争は北に去ったのである。
不健全な動機に基づく作戦は、米軍の莫大な犠牲と、日本軍の献身を印象付けるだけの結果となったのである。

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