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アメリカがベトナムに介入した経緯について 「ホーチミンは共産主義者という...

vin********さん

2015/8/600:15:59

アメリカがベトナムに介入した経緯について


「ホーチミンは共産主義者というより、民族主義者だった。

だから、彼の目的はフランスを追い出すことであり、ベトナムが統一されたとしても、共産主義国家になったかどうかは分からない。よって、それを恐れてベトナムに介入したことがアメリカの根本的な誤り」という説をいくつかの本で読みました。

しかし、スターリンに会ったホーチミンは非常に感動してサインをもらったという逸話など、南北の統一を果たした後は、彼は共産主義国家の樹立を狙っていたように思えるのですが、逆にそうではない、ベトナム人国家の設立を夢見た民族主義者だったのだ、という説の裏づけは何なのでしょうか?

うまくまとめられませんが、宜しくお願いいたします。

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mic********さん

2015/8/622:36:41

どうでしょうね、確かに第一次インドシナ戦争で、フランス軍と退治したのは、ベトミンというベトナム独立同盟会でベトナム共産党が中心であったが、労働党や民族主義的な人たちも参加していました。そういう意味では、共産党一色では無かったでしょう。
しかし、第二次インドシナ戦争いわゆるベトナム戦争では、南ベトナム解放戦線という、これもまた、共産党だけではない人たちも参加していました。
又、既にこの時は、フランス軍が撤退し、北部ではベトナム民主共和国が誕生しており、この国では共産党が政権を担っていて、正規の軍隊は、基本的には防衛体制を敷いていました。実際に南ベトナム側で主力的にゲリラ活動をしていたのは、共産党軍というわけではなかったのです。
そして、有名なテト攻勢という戦いの時に、ゲリラ軍は総攻撃をサイゴンへかけます。
しかし、大きな損害を出しました。その時点で、共産党員の兵士以外は、殆ど残っていなかったといわれます。
ですから、1975年のサイゴン陥落の時点では、共産党員が多く残っていたため、南北が統一した時点で、スムーズに共産国家へ移行しました。

ポイントとして、もし、アメリカが参戦していなかった場合は、南北は、統一選挙によって、統一されていたでしょう。この時、ホーチミン氏は、統一ベトナムの初代大統領にバオダイ帝を考えていたそうです。それは、統一ベトナムが共産党一辺主義ではないことを意味します。
社会主義にはなっていたでしょうが、民族主義的な傾向が強かったのではないでしょうか。

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ara********さん

2015/8/1000:54:11

細かい裏付けなんか知らんが、普通に考えて、ホーさんにとって一番大事なのはベトナムの独立でしょう。

bot********さん

2015/8/600:35:19

例えばベトナム独立宣言なんてフランス人権宣言やアメリカ独立宣言のまるパクリなんですよ
そもそもベトナムの富裕層というのがフランス系ですから、経済的な意味での民族自立を唱えるとどうしても富裕層とぶつかる面は出てきます
この辺はユーゴスラビアと同じです

ホーチミンの経歴を見ればいいんですが
フランスは第一次大戦で疲弊し労働人口が激減しました
そこで、アジアやアフリカから今でいうワーキングホリデー、勉強を前提にした出稼ぎ労働者を奨励しました
鄧小平とかポルポトもそのクチですが、そこでは植民地支配と自由や民主主義という理念の矛盾に引っかかるわけです
さらに1920年代は欧米先進国では共産ブームで、多感なアジアの青年たちは見事にはまってしまうわけです

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