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こんばんは。 先日は大相撲の現役&往年の行司について詳細な回答ありがとうご...

sue********さん

2015/8/2218:13:34

こんばんは。

先日は大相撲の現役&往年の行司について詳細な回答ありがとうございました。 印象深い行司についての話は尽きませんが1人の個性派で名(或いは迷?)物行司だった木村筆之助(=2代木村今朝三)に絞って回答リクエストさせて頂きました。

筆之助はITに精通し電脳行司と言われた長身の34代木村庄之助という立行司まで進んだ弟子がいて何気に凄いのですが自分は世代的に糖尿病で度々転倒事故を起こして満身創痍だったヨボヨボの筆之助しかリアルタイムで観ていなくて2代め今朝三を襲名した頃やその以前の若い頃の筆之助を知りません。

回答者様は若い頃の筆之助や今朝三時代の詳細はご存知ですか?

所属していた伊勢ノ海部屋の横綱柏戸の秘書役も務めたり幕内格筆頭まで進んだので若い頃の筆之助は特別に失態のないいわゆる『まともな行司』だったのでしょうか?

ヨボヨボになる以前の彼について何かご存知でしたら回答して頂けると幸いです。

この質問は、kim********さんに回答をリクエストしました。

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ベストアンサーに選ばれた回答

kim********さん

リクエストマッチ

2015/8/2219:42:14

私も、若い筆之助さんをリアルタイムで見てないのですが、出身地が非常に近く、話しには聞いているので、できる限り書かせていただきます。

筆之助は長野県伊那市出身。
瑞泉寺(うろ覚えです。違うかも)の住職の実弟で、人柄が非常に良く、親切で温厚であったと聞きます。

若い頃の裁きについては、特に問題がなく、『まともな行司』だったとされています。
実際に映像で見ても晩年と比べてびっくりするほど声が高く、掛け声もリズミカルで、別人ではないかと思ってしまうほどです。また足捌きもしっかりしていたように見えます。

衰えが見え始めたのは昭和40年代後半あたりからだと聞きます。その頃に、同じ長野県で池田町出身の北原氏が名乗っていた今朝三を襲名していましたが、返上したそうです。

昭和50年以降は明らかに動きが悪くなり、声も出ず、厳しい土俵が続きました。それでも、土俵に上がっていたのは立派だと思います。
また、早朝の運動を頑張っており健康回復に努めていたそうです。

昭和55年に筆之助が転倒した際、柏戸がひどく怒っていたそうですが、なんだかなーという感じですね。

質問した人からのコメント

2015/8/22 20:26:45

自分も昭和30年代の白黒映像で名力士の名勝負を捌いていた筆之助を見た事をふと思い出しました。確かに別人と思えるくらい掛け声も声量が高く足捌きもしっかりしていましたね。その当時筆之助が捌いている時土俵下に控えていた彼より1ランク序列上だったのが後に27代木村庄之助として長期に渡って立行司務めた木村玉治郎だっただけに行司として衰えが早かったのが惜しまれます。回答ありがとうございました。

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