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ホッブスは絶対王政を擁護し、抵抗・反逆は許されないとしましたが、その一方でピ...

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ID非公開さん

2015/9/1913:23:14

ホッブスは絶対王政を擁護し、抵抗・反逆は許されないとしましたが、その一方でピューリタン革命を擁護したとあります。

ピューリタン革命を調べると、ピューリタンを中心とする議会派(地方派)が王を処刑し共和制を施行した、とのことです。

絶対王政を擁護しているのに、それを倒したピューリタン革命も擁護する、となると、つじつまが合わないのでは?と思ってしまい理解ができません。

なぜ、ホッブスは絶対王政を擁護しているのに、ピューリタン革命も擁護したのでしょうか?

よろしくお願いします。

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gen********さん

編集あり2015/9/1916:11:18

ホッブズの社会契約論には、「人間はクソだからほっといたら必ず無法になるよ。どんな統治だろうと無法(=自然状態)よりマシだよね」という、一種の割り切りがあります。

だから、よくホッブズが絶対王政を擁護した、というのは、敢えて現状の改善を求めなかった程度の意味です。王政でないといけないなんて言ってない訳です。(後に激烈に現状の改善を求めたルソーの社会契約論とよく対比されます)

革命やらなんやかんやがあったとしても、結果としてそこに新たな政府への合意(=契約)があるのなら、ホッブズの思想的には何の問題もない。
むしろ、契約の無効などを主張して社会に混乱をもたらすことこそ、ホッブズには許容できないことだったと思う。
だから革命新政府を特別批判することはなかったと、そういう訳です。
(無論、ホッブズ自身の長いものに巻かれる的な保身が皆無ではなかったでしょうが)

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    質問者

    ID非公開さん

    2015/9/1922:02:53

    gentleyellow0404さん、ご回答いただきありがとうございました(ღˇ◡ˇ)

    なるほど!
    どんな統治だろうと無法(自然状態=万人の万人に対する闘争状態)よりはマシ、という考えが根底にあるのですね。

    なので、その闘争状態が絶対王政によって抑えられているなら、つまり、自己の自然権を唯一の人間に委譲する契約をし、主権を持った国家が形成されれば良いものとし(=絶対王政を擁護)、
    一方でピューリタン革命によって統一されたのなら、その自己の自然権を唯一の合議体に委譲することができるとしたのですね。

    スッキリしましたぁ〜
    ありがとうございました!

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バトーさん

2015/9/1915:06:04

ホッブズは国家成立以前の自然状態では、個人が自然権(生存権)を行使し「万人の万人に対する闘争」となるととらえ、そのような状態から脱却するために人々は社会契約を結び、自然権を国家君主に委譲している、と考えていた。その立場から言えば、人民は君主に反抗することは許されないこととなり、絶対王政を擁護するものであったので、ピューリタン革命が起こるとフランスに亡命した。亡命中の1651年にその思想を大著『リヴァイアサン』にまとめて発表した。
http://www.y-history.net/appendix/wh1003-026.html

※ロンドンで「リヴァイアサン」を出版するためにクロムウェルから帰国許可を得たわけですが、それが「リヴァイアサン」にクロムウェルの独裁を正当化する論理や、王党派の帰順を正当化する論理を読み取る解釈を生んだといえるでしょう。


ホッブズは<主権者にたいする国民の義務は、主権者が国民を保護できる権力持ち続けるかぎり、そしてそのかぎりにおいてのみ、継続するものと考えられる><「権利」とは「自由」すなわち市民法が私たちに残した自由であるが、これにたいして「市民法」とは、「義務」であり、自然法が私たちに与えた自由を私たちから取り去るものだからである。自然は各人に、自分自身の力によってみずからを維持し、また予防のためには疑わしい隣人を侵略する権利を与えた。しかし、市民法は、法の保護が安全に持続されうるばあいには、すべてこの自由を取り去るのである>と述べています。

つまり国民は、その服従が神の法に反しないかぎり、すべてのことがらにおいて、主権者に単純に服従すべきであるということ。主権の絶対性を前提にしています。ホッブズは「自由」については論じていますが、自由に優先権を与えていないため、自由主義者でもありません。

「人と人とが権利を巡って殺し合うくらいなら、いっそその権利を誰かに預けてしまった方が平和である」という考え方が<王に全権を委ねる>という絶対王政を正当化していると言えます。
ホッブズは、その唯物論 的な発想から危険視され、英国国教会と対立しました。それで王党派の中でも孤立した。議会派・王党派の両派から受け入れられ、また危険視されたそうです。

彼にとって重要だったのは、共和政であれ、王政であれ、平和を維持する強大な力をもった国家(リヴァイアサン)でした。

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2015/9/1914:15:43

初めまして、哲子でーす。よろしくネ。

で、ホッブスが絶対王政を擁護するために社会契約説を利用したはずなのに、どうしてピューリタン革命で、国王チャールズ二世を処刑した後に、議会派に「鞍替えした」のか、ということですネ?

たしかにホッブスは貴族だったので、ロックやルソーが社会契約説を共和制の理論として利用し、ホッブスが絶対王政を正当化する理論として利用したというのも、理解できないわけではありません。

でも、ホッブスは主権者を擁護して社会契約説を、それを正当化するものとして考えていたので、その主権者が国王から議会派に、あるいは人民に移った以上、その新しい主権者に「すり寄った」というのも、仕方がないんじゃないですか?

新しい時代に自分も生きて行かなければならないのだから・・・・・・

アラ!
私って、なにか間違ったこと言いまして?
だったら、ごめんあそばせ。

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