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この命は何のために生かされているのでしょうか?

roz********さん

2008/3/217:34:39

この命は何のために生かされているのでしょうか?

30代後半の会社員です。
12年かけて築きあげた妻子を一瞬にして失いました。

自殺したいわけでも、死にたいわけでもありません。
しかし、生きていく糧や意味、理由がなくなりました。

綺麗ごとの慰めは散々受けました。
心のどこも反応しませんでした。

全てが必然であり、そのために生まれてきて
今後も生き続けなければいけない事も頭では理解できています。

でも精神がついていきません。
その弱い精神に与えられた試練なのでしょう。

でも、何年かけても受け切れません。
毎日が無気力で処方された薬で生かされています。

何の為に生きていけるでしょうか?
自分の為には、もう動けません。
私は妻子があってのこの命だと信じていました。

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kab********さん

2008/3/219:27:13

12年かけて築きあげた妻子・・・
って何?
一瞬にして失いました。・・・
って逃げられたの? 死なれたの?

言葉がきつくなって申し訳ありませんが、
人間は一人で生まれ、一人で死んでいくのですよ。
それは自分自身の魂磨きのための現世における修行のために生まれてきたのです。
魂磨きが出来ることに感謝の気持ちを忘れてはいないでしょうか。
貴方が生きていくために、どれほどの命が犠牲になっているか、考えたことも無いのでしょう。
毎日食するもの全てに命があったのですよ。
その奪われた命を貰って生きていることに感謝もせず、何のために生きているのかとは、命を粗末にするだけで、そういう輩に生きる資格はありません。
本当に・・・妻子があってのこの命・・・と言うなら、そのためにも強く生きてください。
過去は消すことは出来ませんが、未来は作り出せるのです。
今、この一瞬にでも新たな命が誕生しています。
その一方で失われていく命もあります。
貴方が生きている証に、数多くの命がなくなっているのです。
そこに思いを馳せてください。
そうすれば自ずと生きると言うことは何かお分かり戴けるかと思います。

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kan********さん

編集あり2008/3/908:44:10

こんにちは。私は、阿含宗という宗派の仏教徒のものです。40代男性です。
あなたの深い悲しみは、私には、とてもはかりかねるものです。
ですが、一つだけお教えしたいことがあります。
それは、ご供養についてです。
仏教では、2種類の供養があります。慰霊供養と解脱供養です。
慰霊供養は、普通良くなされています。しかし、これは、読んで字のごとくなぐさめるだけのものなのです。
死者の霊を完全に成仏させ、冥界へと送り届けるためには、解脱供養でなければなりません。 しかし、解脱供養のできる僧侶は、世界中探しても稀です。きわめて高い霊能力(解脱成仏力)が必要だからです。
阿含宗の桐山靖雄管長は、チベット仏教と真言宗の両方の最高度の秘法を伝授されている、解脱供養ができる稀有の僧侶です。是非、阿含宗で、解脱供養されることをおすすめします。
あなたの生きる意味もきっと見つかると思います。
阿含宗のホームページはこちらです。 http://www.agon.org/index_j.html

桐山靖雄管長プロフィール
(桐山管長には、前科があります。それをことさらに誹謗中傷する人たちがいますが、略歴のとおり桐山管長は、現在はIACP(国際警察長協会)の終身名誉会員です。)
僧位・法号
1983年
チベット政府より外国人初の高い僧位法号「一切萬霊守護金剛」を授かる

1988年
チベット仏教界より僧位の師の位「阿闍梨位」を授受

1992年
スリランカ仏教界から名誉大僧正の僧位・法号「キールティ・スリ・サーマ・ドゥータ(輝く平和の大王)」授受
1993年
チベット仏教最高僧位「金剛大阿闍梨耶」と法号「智勝光明大覚者(ンガワン・リンズィン・テンペル)」授受

1994年
ミャンマー仏教界から僧位「アシン・ウイ・トツダ・タンダ・マナ(非常に高潔で平和を招来する尊い僧)」法号「テイラ・ワーダ・サーサナ・ノツガハ・ベイツク(釈迦の真の教えを保護し、伝道してこられた大尊者)」授受
1999年
チベット仏教界から当代最高の人物に贈られる名誉称号「パンティッタ」を授かり、チベット仏教ニンマ派総本山ミンドリン寺で称号認証式拳行


教職・学位
1991年
チベット仏教ニンマ派仏教大学名誉学長就任

1995年
アメリカ・サンフランシスコ大学理事に就任

1996年
モンゴル国立大学より名誉哲学博士学位授受
1997年
中国・国立中山大学名誉教授授受

1998年
中国仏学院(仏教大学)名誉教授就任
1999年
モンゴル国立大学より学術名誉教授授受
中国・国立北京大学より名誉教授授受

2001年
タイ王国国立タマサート大学より名誉博士号授受

2003年
ロンドン大学SOAS名誉フェローシップ授受
2005年
モンゴル科学アカデミーから名誉哲学博士の学位授受


受賞
1989年
ダッチ・トリート・クラブ名誉会員就任

1990年
国際警察長協会IACPから栄誉賞受賞
国連・国際麻薬取締官協会INEOAから平和賞受賞

1991年
パリ市文化功労賞(金メダル)受賞
イタリア共和国功労大公勲章受章

1992年
日本棋院名誉8段認定

1997年
スリランカ首相賞・功労大賞受賞
1998年
サンフランシスコ大学から受賞
北京大学より北京大学教育奨励賞受賞

2001年
モンゴル国最高国家勲章「友好大勲章」受章
2001年 「平和の銀賞」受賞

2002年
日本棋院名誉9段授受
中国囲棋協会名誉副主席授受
2005年
モンゴル自由勲章受章
ロンドン大学SOASが貢献を顕彰
モンゴル政府勲功表彰状授受
京都市より特別感謝状授受

2006年
中国貴州省凱里市の名誉市民

編集あり2008/3/521:00:05

聖書には、同様の状況に直面した、ヨブ・・という人が登場します。

彼はこんな事を述べました。
…「わたしは裸で母の腹を出た。 わたしは裸でそこに帰ろう。…(ヨブ 1:21)
確かに、私たちが持っているものは、すべてもらったもの。

パウロ・・と言う人もこう述べました。
…「自分にあるもので,もらったのではないものがあるのですか。
では,確かにもらったのであれば,どうしてもらったのではないかのように誇るのですか」。(コリント第一 4:7)

辛い時、この言葉を考えると、少しは楽になります。
あなた様の心も少しでも前向きになれるといいのですが・・。

神に信頼を置き続けた先ほどのヨブは、その後神の祝福によってどうなったでしょうか?

神はヨブの健康を回復させて140年生きながらえさせ、さらに10人の子供を与えました。
加えて、物質の財産を二倍に増やされました。
そして、ヨブへの敬意やヨブの威厳も元通りにされました。
あなたの場合もそうなりますように。

kya********さん

編集あり2008/3/320:27:29

おこんばんは。。。

どんな形で、ご家族をなくされたのかは存じませんが
もう数年が経過されてるんですよね。

薬で生かされてる。。。
そんなことはないです。

あなたは神様のお計らいで 生かされているんです。

人は寿命で死ぬんですから
心配しなくても、あなたも、あたしも寿命がきたら死んでしまいます。

ここで書き込みしてる皆さんだって
50年後には ヨイヨイが約半分!
100年経てば、ほとんどお亡くなりになってますもん♪

「何の為かどうかなんて、めんどくさいことはとりあえず
横においといて、生きられるだけ生きたらよろしい!」

。。。数年前に大好きな人にいわれました。。。

mai********さん

2008/3/317:07:57

文脈からすると、事故などでご家族を亡くされたように思われますので、その前提で、投稿します。
あなたは、奥様やお子様のために今まで、生きて来られたようですね、それが、不幸な出来事で、亡くされ、無気力な状態に陥っているとしていますが、確かにあなたの目の前に、肌のぬくもりを感じられる状態でお二人が居るわけではありませんが、これからも、今まで通り、お二人のために生きていけばいいのではと思います。なくなられた方は、自分達が死んだ後、残された遺族が、あまりに深い悲しみを、持ちつづけると、心配して成仏できないと言われます、あなたはお二人がしっかりと、成仏(極楽浄土に行く)ことができるような生き方つまりお二人のために、生きていけばよいのでは、それが、お二人のためにあなたがしてやれることではないでしょうか。お二人を極楽浄土に生かせるために、どんな生き方をしたらよいのかご自身で考えるしかないと思います。

白生雲さん

2008/3/308:04:06

釈尊の教えは、一切皆苦、得たものは失い、有るものは必ず消えると申します。
しかし、消えないのは、去って行った愛しい家族の温かさと笑顔の思い出ですね。

貴方は最も人らしくある人ですね、それだけにダメージも想像を絶するものです。
貴方の愛に応え、慈しみ合い、楽しい3人の楽園での日々は、最高の思い出。

お2人は、決して望んで他界した訳ではありません、仕方なく向えが来たのです。
貴方を愛する、お2人は貴方が悲しみ、苦しむのを本当に辛く思っておられます。

人にはそれぞれ限界があります、お2人は、貴方の及ばない世界に遷られました。
貴方は、遺影に語りかけても、月日が経てばやや薄らぎえるこの世の身なのです。

大昔から3年と言い、仕来りも色々あり、3年は本当に涙に明け暮れるものです。
仏教は、お2人が極楽に憩うよう、数々の法事を定めているのも、その為ですよ。

その中で、今の理不尽が起きた原因を見て、その予防に参加するのも一策です。
何か一途、懸命な貴方を見てこそ、お2人の心からの明るい笑顔が戻るでしょう。

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