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【某大学の入試問題】 プロイセン憲法を学び、 大日本帝国憲法の制定において ...

gug********さん

2015/11/2402:00:01

【某大学の入試問題】
プロイセン憲法を学び、
大日本帝国憲法の制定において
中心的役割を担った2人の政治家の名前を書け。

【質問者の解答】
井上毅、金子堅太郎

【駿台、東進の模範解答は共に…】
伊藤博文、井上毅 (順不同)

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

どちらの予備校も
模範解答を上記の2名とし、
別解の掲載はありません。

中心的役割と言われて、
伊藤博文を外せないのは何となく解りますが、
とは言え、
別解なしで上記の2名というのは
絞り過ぎではないでしょうか?

質問者の解答は不正解になる
と、思われますでしょうか?

皆さんのお考えをお聞かせ下さい。

ご回答をお待ちしております。

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ベストアンサーに選ばれた回答

ous********さん

2015/11/2409:22:55

設問が憲法制定の中心として2名としたことはどうかと思う。伊藤博文プラス井上毅、伊東巳代治、金子堅太郎の3人とするのが妥当なところだ。

まず制定の責任者であり中心は伊藤であることはいうまでもない。二番手をあげるとすれば井上毅である。具体的な憲法案を何度も実際に起草したのは彼だけであり、プロイセン流の憲法体制を一貫して唱えたのも彼であり伊藤に対抗できる(批判もできた)だけの見識をもっていたのは彼だから(しかし政治家と言うより法制官僚であるが)。明治政府で法律文を書くのに一番精通していたのは誰より井上である。

他にロエスエルが憲法案を書き、しばしば伊藤や井上の相談に乗っている。しかし最終決定は伊藤がしている。井上以外には、伊東巳代治と金子堅太郎が加わっている(夏島草案などに)。伊藤とこの三人(憲法起草トリオと言われた)だけで明治憲法はつくられた。
金子と伊東は井上よりやや格下に成るだろう。ふたりはあくまで伊藤の補助(秘書的存在)である。金子はハーバード大学出で英米法のほうが専門だろう。伊東は伊藤の訪欧に同行し通訳もかね伊藤の第一秘書のような存在である。

したがって伊藤と井上というのが正解に近いだろう。

参考文献
大石眞著、『日本憲法史 第2版』(有斐閣)

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ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

oum********さん

2015/11/2422:44:40

2人というのは意地悪だと思いますが、伊藤と井上が金子や伊東よりも中心にいたことは間違いないですよね。

まぁ、「プロイセン憲法を学び」というのなら伊東はまだしも金子は違うと思いますけどね。彼は英米法の専門家だから。

いずれにしても過去問ですから、実際に入試において正解とされたのは伊藤と井上だけだったのでしょう。
予備校の模範回答はそれを踏まえたものと考えられます。

受験参考書に名前が列挙される場合でも、必ず伊藤と井上が先に書かれているはずです。これは教科書に記載されている数が多い順、重要な順番をちゃんと考慮されて書かれています。

受験本番でバツとされるくらいなら、受験対策として予備校の模範解答を信じるべきだと思いますよ。

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