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『ジョジョ』第5部で、なぜ、作者は、最後に、「眠れる奴隷」のエピローグを入れ...

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ID非公開さん

2016/5/100:44:04

『ジョジョ』第5部で、なぜ、作者は、最後に、「眠れる奴隷」のエピローグを入れたのだと思いますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

kou********さん

2016/5/101:52:42

この第5部「黄金の風」を描く時にぼくは考えました。では、「生まれて来た事自体が悲しい」場合、その人物はどうすればいいのだろうか?人は生まれる場所を選べません。幸せな家庭に生まれる人もいるし、最初からヒドイ境遇に生まれる人もいます。
で、もし「運命」とか「宿命」とかが、神様だとか、この大宇宙の星々が運行するように、法則だとかですでに決定されているものだとしたら、その人物はいったいどうすればいいのだろうか?そのテーマがこの第5部「黄金の風」の設定であり、登場する主人公や敵たちです。
(中略)
彼らは「運命」「宿命」に立ち向かい、それを変えていく事なんてできるのだろうか?
そのことをずっと考えながらこの第5部を描きました。執筆した時期とか状況もあってとても苦しく暗い気分になりました。どうしよう?「運命」とか「宿命」とかが、そんなに簡単に人間の努力とか根性とかで変えられたら、そんなの最初から「運命」なんて言わないと思うし、軽々しすぎる。そう思いました。
文庫版「ジョジョの奇妙な冒険」作者あとがきより

5部は運命を変えることはできません。
ブチャラティもアバッキオもナランチャもローリング・ストーンズの回で死ぬことは確定していました。
ですが、それで正義を捨てることの理由にはならないし、捨てていいわけが無い。定められた運命に抗う主人公たちと、キング・クリムゾンで運命を変えて結果しか重視しないディアボロという対比がありました。
ブチャラティたちは死ぬと決まっていましたが、彼らが残してくれた過程のおかげでディアボロを倒すことが出来ました。これこそ運命に抗おうとする『眠れる奴隷』なんです。
最初から目覚めることない奴隷はただずっと運命に従うのみだが、眠れる奴隷はいつか覚めることがある。覚めようとする、運命に抗う奴隷なんです。
まさしく5部の主人公たちのことを指しています。

5部のテーマの総集編みたいなものです

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