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キリスト教徒になる方法

ghj********さん

2016/5/1812:22:22

キリスト教徒になる方法

一応家族の宗教が仏教、特に普段信仰心がある訳ではなく、誰か亡くなれば仏教式のお葬式、お盆休みはお墓参り、神社にも行くという普通の日本人家庭で育ったのですが、キリスト教に興味があり、お祈りや聖書を読んでいく中で救われた感じがして、キリスト教徒になりたいと思うようになりました。

聖書も暇があれば読み、毎日お祈りをしていますが、やっぱり洗礼を受けて毎週日曜日に教会に行かないと本物のキリスト教徒ではないですか?
親は宗教を信仰している、と言うと、ちょっと変わった人、頭の弱い人、心の弱い人、洗脳された人、などマイナスなイメージしか無いみたいです。。。

家族と宗教が違うと何か問題がありますか?

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bib********さん

2016/5/1817:07:22

毎週教会に行くかどうかは別として、洗礼を受けなければ「本物のキリスト教徒」とは扱われません。多くの教会では、秘跡である聖餐式への参加を受洗者に限定しています。

キリスト教徒になりたいのなら、近くの教会で神父や牧師に相談して洗礼を受けることをお薦めします。

家族と宗教が違うことの問題ですが、日本の場合は法事とお墓の問題があります。檀那寺が「キリスト教徒でも埋葬しますよ」と言ってくれるなら問題ありませんが、多くの場合それは認められないでしょう。キリスト教徒が先祖代々の墓に入るには、死んだ後に僧侶を呼んで戒名を付けてもらい、形式的には仏門に帰依した者として葬られることになります。僕の祖母はクリスチャンでしたが、そうやって祖父と同じ曹洞宗の寺の墓に入りました。

死んだ後のことはどうでもいいなら、自分の死後のことは残った家族に任せてしまうというのもひとつの方法です。しかし問題は自分の家族が亡くなったときです。場合によってはクリスチャンが仏教式葬儀の喪主を務めたりすることだってあるわけです。それと自分の信仰に折り合いが付けられるなら、クリスチャンになったとしても何の問題も生じないと思います。

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osh********さん

2016/5/1817:17:52

キリスト教徒になりたいと思うようになりました。>

新約聖書には次のように書いてあります。


キリスト教徒になる方法>
(マタイ19・29)・わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父母、子供、畑を捨てた者は・捨てる/ ... だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。




家族と宗教が違うと何か問題がありますか?>

「家族をキリスト教専属の神の怒りを受けた裁かれべき罪人で、最後の審判では復活の上再臨のイエスに皆殺しにされて疑獄に落ちる」信じて生きることになります。

マルコ福音書16/16 新共同訳
信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は
滅びの宣告を受ける。



(イエスの言葉)



マタイ福音書、10:34

「わたしが来たのは地上に平和をもたらすため・・・ではなく、剣をもたらすため」であると言い、また、「わたしは敵対させる. ために ... しかも主イエスは、21節にもあるように、血を分けた親子が、兄弟が殺し合う、. 敵となる、

マタイ10:14あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。
15はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」

パウロの言葉
ローマ5:6-11)御子を信じない者、御子を救い主として受け入れない者は怒りの日に裁かれるのです。


ヨハネの福音
御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。


ヨハネ福音書3/18
御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。
神の独り子の名を信じていないからである。

黙示録 異教徒
ヨハネの黙示録では異教徒は、どのような善人であっても新約聖書の神の怒りによって、老若男女皆殺しの予定です。

死者も生者ともにこの世での行いにもとづいて裁かれ、義なる者(キリスト教徒)は天国に迎えられ、不義(異教徒)なる者は地獄の火に投げ込まれる(黙示録 20--12)。 ... ある意味では、自分らの神(キリスト)を信じない異教徒(邪教徒)を、徹底的に叩きつぶす

kat********さん

2016/5/1815:28:23

教会に行ってつまずく人もいます。導かれるままに歩みましょう。

kab********さん

2016/5/1815:07:46

こんにちは!
すばらしいです、キリスト教に対しての興味。
特に、聖書を読むこと。

はい、たしかに、本物のクリスチャンは、クリスチャンの家族であり、キリストの体である教会に入って、洗礼を受けたからです。
イエスの最後のご命令;

「あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らに洗礼を施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。」

『家族と宗教が違うと何か問題がありますか?』という質問ですね(笑)
問題にならないと、キリスト教ではありません。私の場合で、クリスチャンになったから、家族、異性や仕事の人間関係で悪化があったが、そのすべての関係で良化もありました(”良化”というのかな(笑))。
キリスト教は、自分と自分のすべてより、神さまを高い位置であるものとして認めない限りに空しい宗教です。
そして、神さまを信じると、家族の皆様は今、明らかにwrongな道を歩いているのも信じるようになります。聖書全部がそう教えます。彼らを愛するからこそ彼らにそれを悟らせてみるはずです。

『ちょっと変わった人、頭の弱い人、心の弱い人、洗脳された人など』。。。(笑)
反対ですよ。科学的な真理で、永遠の命を約束するから、論理的にいちばんいい選択ですが、世と戦う宗教だから、勇気を必要とする宗教です。

では、God Bless You

bre********さん

2016/5/1813:53:54

まず、真の救いを受け、本当のクリスチャンになるには、以下のことを心から信じなければなりません。

「イエス・キリストによる救いの知らせ(福音)」
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n344951


次に、以下の「教会に行く必要はあるか?洗礼を受ける必要はあるか?」をお読みください。
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n362603



「家族と宗教が違うと何か問題がありますか?」
・・・特に冠婚葬祭の時に、何らかの争いは避けられないでしょう(因習の強い田舎ほど)。
しかし、それを恐れて、キリスト信仰を曖昧なものにするならば、その人は神の国に相応しくありません。
この罪深い世にあって、キリストを信じて御言葉に従って生きていくには、信仰生活上、避けられない「戦い」があるのです。

wou********さん

2016/5/1813:24:17

先ずは質問者さまが仏教式のお葬式やお墓詣りで手を合わせることに抵抗を感じるか、感じないかだと思います。

キリスト教では亡き方に対して手を合わせることはありません。
質問者さまが相手の宗教にあわせて手を合わせることができれば周囲の方から文句は出ないでしょう。
或いは質問者さまが手を合わせない事を周囲の方が許して下されば問題なく過ごせると思います。

次は質問者さまご自身の結婚や葬儀の時の事です。
考えていらっしゃいますか?
キリスト教を信じていても仏教式のお葬式を出されても構わない、と質問者さまがお思いになるのであれば大丈夫ですが、そうでないのであれば周囲の方と良く話し合われて下さい。

日曜教会に通ったり洗礼を受けたり、質問者さまの仰る「本物のキリスト教徒」になると、他宗教での葬儀は拒絶される信者の方が絶対的に多いと思いますよ。

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