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中国の歴史は継続性がありますか?それとも王朝が変わるたびに別の国になっている...

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ID非公開さん

2016/7/1618:34:52

中国の歴史は継続性がありますか?それとも王朝が変わるたびに別の国になっているようなものですか?

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bot********さん

2016/7/1619:09:33

家産制国家といいまして
国のリーダーとして王があるのではなく、王の私物として国があります
つまり王家の滅亡は国の滅亡を意味しました
臣民も家臣もあくまで皇帝に使えており、国家に使えているわけでは無い
そもそも皇帝と国家が未分離なので血統の断絶は国家の断絶である、という意味です
要するに中で働く人たちが「誰に雇われているのか?」って話です
会社に雇われているのか、社長に雇われているのか、という話

一方で
二王三恰といい、前代の王朝の文化と血統を保持する原則もありました
例えば蒋介石が台湾にトンズラかけるとき、故宮博物院の金目のものを根こそぎ分捕りましたが、あれも単に金目当てではなく、中国の支配者の責務の1つである文化の維持という意味があります
文化財の保護が支配者の責務なら、文化財を保有することが支配者である証拠って面が確かにあります

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isu********さん

2016/7/1713:27:17

まずひとつ。
「中国」という国が誕生したのは1912年の中華民国成立が最初で、それ以前の「『中国』と呼ばれるもの」は近代的な意味での国家とは別の「中華世界」であることに注意せねばなりません。
そもそも「国」がいつ誕生したのかは議論がありますが、主権国家誕生が「国」の始まりなのだとすると16世紀のヨーロッパであり、国民国家誕生が「国」の始まりなのだとすると18世紀ヨーロッパand北米になります。
何が言いたいかというと、「中国の歴史」という問いが非常に曖昧で、それがどの範囲を指すのかが分からない、ということです。

もう一つ。
「継続性」についての議論ですが、これも何が継続して、何が継続していないのかを考えるにあたって、非常に曖昧な定義です。「中華思想」の継続性ならば王朝が変わっても変形して受け継がれているといえますが、「支配民族」(民族、というワードも非常に繊細なものですが、ここでは単に漢人農耕民、北方遊牧民のような生活基盤を区分として定義することにします)の継続性ならば王朝交代ごとの継続性はない、といえます。

しかしこのようなテーマで議論となる=簡単に結論が出ないのは、やはり中華思想や正統史観の問題でしょう。ということで、質問者様の意図するものではないかもしれませんが、それについて解説してみたいと思います。

中華思想において皇帝はただ一人です。皇帝とは天命によって、天に変わって地上を支配する者のことです。他の王は皇帝の徳を慕って服従する存在、というのが中華思想です。
通常、中国史といえば中華世界を治める唯一皇帝の王朝の統治や文化、及び他の王朝との関係がメインですが、いずれにせよ中華思想について継続性を議論するとすれば、「理論上、同時代にはただ一つしかない正統王朝」の「正統性」が継続したか、ということになります。
その他の王朝(例えば三国時代の呉、蜀など=二十四史に本紀がない)に関しては脇役に過ぎず、一貫性などない、というのが、司馬遷の史記以来の中華思想における立場です。
正統王朝に対しては正史が組まれます。正史を組むということは、自分の王朝が前正統王朝によって禅譲された=易姓革命にのっとり天命を受け継いだことの証です。ところが、その正史は「明史」で途切れます。そうなると中華思想としての正統王朝史観は、最後の王朝「清」で終わっている、したがって継続性はない、といえます。
ところが、話がややこしいのは、二十四史に加えて柯劭忞の「新元史」と「清史稿」を加えて二十六史が現在の正史である、という主張もある、ということです。第二次世界大戦後の中華民国(台湾政府)は「清史稿」を改定して「清史」とし、刊行しています。つまり、中華民国も中華思想的な正統性を主張しようとしている。
問題なのは、これが第二次大戦後、国民党が台湾に逃れた後に編纂されたということ。当然ながら大陸には共産党がいます。「清史」編纂には、中国大陸を支配した中国共産党に対する後ろめたさ、という動機が働いている。
そして近年になって、大陸中国=中華人民共和国も「清史」を完成させたという報道もあります。これが事実であれば、「正統で唯一なる中華」が分裂したことを意味します。

話をまとめますと、「清代以前の中華は、継続性が問題なく存在する。しかしそれ以降は『正統王朝』分裂のため、議論の余地あり」ということになります。

gra********さん

2016/7/1620:50:54

そもそも中国の漢字は表音文字で会って表意文字ではないんですよ・・・・。
この事が一番中国史を勘違いさせる最大の原因です。
多分、明らかに使用法が変化したのは唐の時代です。
そもそも中華王朝は前王朝の全否定から始まるのが定石です。
だから全王朝がはぐくんだ文化も継承はしていません。
継承してるように見えるのは周辺国に残ってるからにすぎずよく見れば言葉も慣習もすべてがそっくり入れ替わっているんです。
表記が漢字なので変わってないように思い込んでる日本人が実は漢字の熟語も中国史の基礎も作ったのであって長く継続されてるイメージは「日本人が作り出した幻想に過ぎない」。
指桑罵槐・・・中国人の基本的性質を表した言葉です。
自分がつけこまれる前に、なんでも良いので相手の弱みにつけこむ、 相手が困りさえすれば、間接的で関係のないことでも良いというものです。
古代の支那の国家は土地よりも人口の確保が最優先なんです。
だから何十万人という民衆がひとたび災害が起こると簡単に自分の耕作地を捨てて大移動を起こす・・・・・。
だから不足した人民を海沿いから海禁政策で強制移住したり弱小の遊牧民を強制的に定住させたりそういうことが行われた・・・・。
人民自体も入れ替わってるんですよかなりの確率で・・・・・。
モンゴル帝国以前と以後では明らかに文化も民族もまるっきり入れ替わってるともいえます。
そもそも五胡十六国とか群雄割拠した時代が何故あるかといえばその数だけ違う民族がいたからなんです。
征服された王朝は皆殺しか奴隷に落とされるのが中華王朝です。

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