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隠居後の収入

yus********さん

2016/7/2917:30:49

隠居後の収入

江戸時代、隠居した後の収入ってどうなってるのでしょうか?
やっぱり子どもからのお小遣い?
(特に水戸黄門の収入が気になります。)

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ベストアンサーに選ばれた回答

jub********さん

2016/7/2918:07:49

武家のご隠居は、それなりの生活費が与えられていました。
大店のご隠居も店を息子なりに譲り毎月の生活費をいただいて
いました。
小店?のご隠居は、江戸の人口が爆発的に増加するなかで町内の
雑事を引き受け収入を得る人もいました。
いわゆる“横町のご隠居”です。
一般庶民の年寄りは隠居などままならず、死ぬまで働くしか
ありませんでした。

水戸光圀の場合は甥を養子に迎え、隠居後も権勢をふるい
大日本史の編纂や趣味などに金を浪費し財政をさらに悪化させ、
結果領民に重税を課すこととなったようです。
おかげで後を任された水戸綱條(つなえだ)は藩主としての評判は
悪く、農民一揆を起されてもいます。光圀のせいなのに(笑)

質問した人からのコメント

2016/8/4 19:38:11

ありがとうございます。

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kur********さん

編集あり2016/7/2921:22:47

幕府の御徒は一代限りの御抱席と言う身分でしたが、勤続年数20年以上の永年勤続者は隠居しても、御徒頭支配に入れられ、終身70俵5人扶持を支給され、70歳以上まで勤めた者は隠居後3年間、在職時の俸禄(給与)を支給されました。その代わり、子供などが跡を継ぎ新規御召抱え(新規採用)となった場合、俸禄はわずか7人扶持だったそうです。

sip********さん

2016/7/2920:00:43

大名や収入の多い旗本クラスになると
自分でお金を持つことはありません。
家老とか用人とかが金庫の管理をしていて
実は藩主であっても自由に使えるお金はありませんでした。
もちろん前家長の生活もかれらが管理しています。
光圀なんかはお金を持ったこともないかも知れませんね

農家の場合でも面倒をみます。
おろそかにすれば有罪で罰っせられます。
なので貧乏農家の場合姥捨てとかはありました。
また連座という仕組みがあり村全体の責任となります。
村に障害者などいれば村全体で養っていたりしました。
江戸時代はわりと暮らしやすかったのです。
一般人の場合でも当然親の面倒はみます。
それが不可能な場合はみませんかねー
大家が店子の面倒をみることも希にあったそうです。

ただ昔は栄養がたりてなかったので寿命は短かったです。

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