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「栗飯を子が食ひ散らかす散らさせよ」の俳句で 助動詞「す」「さす」「しめ」 の...

mou********さん

2016/8/2220:22:06

「栗飯を子が食ひ散らかす散らさせよ」の俳句で 助動詞「す」「さす」「しめ」
の部分と その活用を教えてください。接続する 動詞部分もどの単語か
教えてください。

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2016/8/2223:15:38

ごめんなさい!
さっきの回答は間違ってました!
取り消しましたので、この回答をメモしてください。



栗飯を子が食ひ散らかす散らさ「せよ」

「せよ」が、「使役の助動詞「す」の命令形」です。
「さす」と「しむ」は、この句の中にはありません。

「接続する動詞部分」は、「散らさ」です。
未=散らさ(ーズ)
用=散らし(ーテ)
止=散らす(ー。)
体=散らす(-コト)
已=散らせ(ーバ)
命=散らせ(ー!)
と活用するので、「散らす」は、「サ行四段活用」です。
「散らさ」は、「サ行四段活用動詞「散らす」の未然形」です。
「散らす」は、「花を散らす」等と同じ、
「まとまっていたものをバラバラにする」という意味の、サ四他動詞です。

「使役、尊敬の助動詞」には、
「す」「さす」「しむ」の三種類があります。
接続がそれぞれ違います。

1、す
四段、ナ変、ラ変の未然形に接続します。
つまり、未然形が「ア段」で終わるものです。
現代語の「せる」に当たります。
「多忙な母を休ませる。」の「せる」で、
これを、古語では、「母を休ます。」と言うのです。

2、さす
四段、ナ変、ラ変以外の未然形に接続します。
つまり、未然形が「ア段」で終わらないものです。
「す」が担当しないものを、「さす」が引き受けます。
現代語の「させる」に当たります。
「病人に粥を食べさせる。」の「させる」で、
これを、古語では、「粥食べさす。」と言うのです。

3、しむ
未然形なら何でも接続します。
ただし、漢文訓読体で、堅苦しい文章という印象を与えます。
俳句で用いる場合は、よほど効果を狙ったうえで、成功させなければ、
浮き上がった感じを与えて失敗作になるでしょう。


「す」「さす」「しむ」は、いずれも、「使役」と「尊敬」の意味です。

「使役」とは、誰かに何かを「させる」、何かに何かを「させる」、
という意味です。
「使役」という文法用語に引きずられないでくださいね、
「身分の上下」には関係ありません。
たとえば、「みそ汁の匂いが、故郷の母を思い出させる。」のように、
無生物主語でも使います。

「尊敬」とは、貴人が何かを「なさる」という意味です。

***********

この後の説明は、おわかりにならなければ、読み流してくださって結構です、
句作には、ほとんど関係ありません。

「す」「さす」の原義は、「使役」です。
貴人が何か動作をする場合、ほとんどの動作は、使用人に代行「させ」ています。
古文では、
貴人が傍仕えの使用人に命じて言わせたとか、
貴人がお付きの女房に命じて書かせたとか、
そんなわかりきったことを、いちいち言いません。
貴人がおっしゃった、貴人がお書きになった、という表現にします。
使用人の口は主人の口の延長、使用人の手足は主人の手足の延長だからです。
でも、本当は、貴人が「なさっ」たことは、貴人が側近の使用人に「させ」たことなのです。
そういう意味で、「使役」と「尊敬」は、本質的に同義です。
だから、古文では、「使役の対象(誰にやら「せ」たのか)」が文中に明確に表現されるか、明らかにわかる場合にかぎり、
「す」「さす」を「使役」で訳すことになっています。


>▷「「接続する動詞部分」は、「散ら」です。・・?
動詞部分とは、基礎になって変わらぬ部分のことでしょうか?
散ら・す(漢語+す)?

あなたがお使いになった「接続する動詞部分」という言葉の意味がわかりませんでした。
私は、「す」が「接続」している「動詞」はどれか、という意味に解釈したので、
使役の助動詞「す」に「接続」している「動詞」は「散らさ」の部分ですよ、
とお答えしました。
動詞の「基礎になって変わらぬ部分」は、「語幹」と言います。


>▷「「散らさせよ」この単語の 分解は
>「散ら・させよ」「散らさ・せよ」のどちらかです。

そうです、私が、最初、「す」と「さす」を書き間違ってしまったために、
混乱させてしまったんです、本当に申し訳ありません。
「散らさ・せよ」でいいのです。
私が取り違えたのです、ごめんなさい!

  • 質問者

    mou********さん

    2016/8/2320:52:55

    丁寧な説明ありがとうございます。
    「栗飯を子が食ひ散らかす散らさせよ」の俳句の
    ▷「散らさせよ」の分解は「散らさ・せよ」ですね。
    「散らさ」は語幹は「散ら」で、動詞の変化部分が「さ」の部分です。
    ▷そして「せよ」は使役助動詞「さ」の「命令形」
    でよいでしょうか?
    ▷貴人が何か動作をする場合、ほとんどの動作は、使用人に代行「させ」ています。
    なにか平安の貴族の屋敷を見ているようですね・・
    古文の講義を受けているようで たいへん たのしく読ませていただきました。

    俳句を作るのに古文の 「動詞」と「助動詞」の文法がたいせつと勝手に決めつけて 本を読み始めました。
    このあと「助詞」をどうしようか 考えています。
    もう頭はいっぱいです。

  • その他の返信(4件)を表示

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質問した人からのコメント

2016/8/26 06:01:08

「尊敬」とは、貴人の「なさる」というおはなし楽しく読ませていただきました。
「散らさ・せよ」の説明も ありがとうございました。お礼申し上げます。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

2016/8/2413:07:08

2号機です。

>補助動詞「いづ」とは 助動詞とも 動詞とも 違うものですか?
との追加質問は、こちらのスレの件なのでしょうか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1416323271...
私は、このスレには出張りません。
先の回答者の言っていることが正しいのです。
私が今さら屋上屋を架す必要はありませんからね。
とくに、第2回答者のmotidukimonさんのご理解は、奥が深いです。


>人は寝て籠の松虫啼きいでぬ
>「ぬ」は 完了の 助動詞「ぬ」の終止形でよいですか?

良いです。
句を言い終わっているし、係り結びもないし、
「ぬ」の後に体言も省略されていないので、
「ぬ」は「終止形」です。
「ぬ」「終止形」だということが証明されれば、
「ぬ」は「完了」だということの証拠になります。


>「いで」と「鳴き」は 二つの単語でしょうか?
>「鳴きいで」で ひとつですか?

二つの単語です。
「出づ」は、「補助動詞」として辞書に上がっていますので、
啼き=カ行四段活用動詞「啼く」連用形
出で=ダ行下二段活用補助動詞「出づ」連用形
と考えます。

「啼き出づ」を一語の複合動詞と考えてしまうと、
マツムシが啼きながら虫かごを一人で這い出してきてしまうことになって、
ものすごく気持ち悪いですww


>補助動詞「いづ」とは 助動詞とも 動詞とも 違うものですか?

動詞の一種です。
「補助動詞」の熟語構成は、
「補+助動詞」ではなく、「補助+動詞」なのです。
だから、「動詞の一種」であって、助動詞ではありません。

補助動詞について根本的なところから詳しく説明します。
ゆっくり理解しながら読んでください。

①「箱の中にりんごが六個ある。」
「ある」とは、本来、「ものが「存在」する」という意味の動詞ですね。
①の文は、「りんごが箱の中に六個「存在」している」という意味ですから、
「ある」という動詞のもっている「本質的な意味」「本来の語義」が生きています。
このような動詞は、「本動詞」と言います。

②「りんごは果物である。」
この文の「ある」は、「存在」を意味しているでしょうか?
「りんごが、果物という形で我々の前に歴然と「存在」している!」
という意味の文ではないですよね。
「りんご」が「果物だ」ということを、
「果物で「ない」」と「否定」せずに、
「果物で「ある」」と「肯定」しただけです。
「ある」という動詞のもっている「本質的な意味=存在」を失って、
「果物だ」を「肯定」する意味として使われています。
このような動詞を「補助動詞」と言います。

③「誕生日にプレゼントをもらった。」
この文の「もらう」は、「他者から渡された物品を自分の物として受け取る」という意味がありますね。
これは、「もらう」という動詞のもっている「本質的な意味」です。
だから、③の文の「もらう」は、「本動詞」です。

④「幼い頃、よく母におぶってもらった。」
この文の「もらう」には、「物品の受け渡し」はありません。
「もらう」という動詞の「本質的な意味」が薄まって、
「他者の好意によって自分が利益を受ける」という意味を添えるだけのはたらきになっています。
だから、④の文の「もらう」は「補助動詞」です。


①~④の例文で見たとおり、
「動詞本来の語義をもっている動詞」が「本動詞」で、
「動詞本来の語義を失うか、または極めて希薄になっている動詞」が「補助動詞」です。

「補助動詞」は「動詞」の一種ですから、当然、自立語です。
自立語は、文節の冒頭に来て、独自で文節を構成することができます。
だから、
「りんごは果物である。」の文節構造は、
「りんごは(ネ)/果物で(ネ)/ある(ネ)」となって、「3文節」です。
「母におぶってもらった。」の文節構造は、
「母に(ネ)/おぶって(ネ)/もらった(ネ)」となって、「3文節」です。

ただし、「補助動詞」を伴う「被補助(補助される)動詞」は、
後続の補助動詞と「セット」で「連文節」として扱う、というのが、
文節の考え方のルールです。
つまり、「りんごは果物である。」の「主語」は「りんごは」で、
述語は「ある」ではなく、
「果物で/ある」という二文節を、「セットで連文節として」とり、
「果物で/ある」が、主語「りんごは」に対する「述部」と考えます。
連文節のときは、「述語」と言わずに、「述部」と言うのです。

「母におぶってもらった」も、
「私は」という主語が省略されていて、述語は「もらった」ではなく、
「おぶって/もらった」の連文節が「述部」です。

このように、補助動詞は、
文節として「独立」はしないまでも、
一文節を構成することさえできるのですから、
当然、単語としては「一単語」と数えます。

「りんごは/果物で/ある」の「3文節」で構成された文は、
りんご=名詞
は=副助詞
果物=名詞
で=断定助動詞「だ」連用形
ある=ラ行五段活用補助動詞「ある」終止形
の「5単語」で構成されています。

「母におぶってもらった」の「3文節」で構成された文は、
母=名詞
に=格助詞
おぶっ=ワ行五段活用動詞「おぶう」連用形
て=接続助詞
もらっ=ワ行五段活用補助動詞「もらう」連用形
た=過去助動詞「た」終止形
の「6単語」で構成されています。


さて、「啼き出づ」の場合は、
「出づ」という動詞には、
本来、「ある場所から外に出る、何かが発生する」という意味があるので、
「外に出でて」等と用いられていたら「本動詞」ですが、
「啼き出でぬ」の「出で」は、
「~しはじめる」という意味を添えるだけのはたらきしかしていず、
「出づ」という動詞本来の意味が希薄化していますから、「補助動詞」です。
http://kobun.weblio.jp/content/%E5%87%BA%E3%81%A5
[三]補助動詞ダ行下二段活用
活用{で/で/づ/づる/づれ/でよ}
〔動詞の連用形に付いて〕
①…はじめる。

「補助動詞」で扱う、ということは、「啼き」と「出づ」は、
連文節扱いの二文節とみる、ということなのですから、
当然、単語としても、「啼く」と「出づ」は、
別個の単語として、二単語に扱うのです。

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