ここから本文です

なんで、トルコって小アジアと言うのですか。 アナトリアと言う風に呼びますが、...

unk********さん

2016/10/700:18:14

なんで、トルコって小アジアと言うのですか。
アナトリアと言う風に呼びますが、日本では小アジアと言うように呼んできました。
大陸ではないが、それだけ大きな地域と言う意味が込められているのでしょうか。

人口的にも、ローマの頃ではヨーロッパといい勝負かむしろアナトリアのほうが多かったのでしょうか。

閲覧数:
226
回答数:
3

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

glo********さん

2016/10/703:33:59

小アジアというのはもともとアナトリアを「アジア」と呼んでいたのが、その後アジアの範囲がどんどん広まっていったので区別するために「小アジア」という呼称となったのです。

この質問は投票によってベストアンサーに選ばれました!

ベストアンサー以外の回答

1〜2件/2件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

rab********さん

2016/10/711:27:47

ローマがアナトリアを征服した際にその地域を「アシア」と命名しました。ところが「アシア」とは東方の地域という漠然とした地理的概念だったために、結局「アシア」という地域が広がり、ローマに近いアナトリアを「小アジア」(Asia Minor)、それよりも東方の地域を「大アジア」(Asia Major)と名付けました。ところが「大アジア」が示す地理的空間が茫漠としており、「大アジア」という名称は消滅して使われなくなり、「小アジア」という名称だけが残ったわけです。
これと似た例として、中国は西方の海域を「西洋」と名付け、南シナ海からインド洋といった中国に比較的近い海域を「小西洋」、それよりも遠方の海域を「大西洋」と名付けました。「大西洋」がAtlantic Ocean に相当するので現在でも用いられていますが、「小西洋」の方は海域名としては消滅しました。
「大」があれば「小」があり、「小」があれば「大」があるのですが、歴史の中で曖昧な呼称は淘汰されたわけです。

ris********さん

2016/10/712:40:30

大小っていうと日本人だと「大きい」「小さい」というイメージになってしまいますが、ヨーロッパで大小は「遠い」「近い」という意味です。

日本風に言えば小アジアとは「近アジア」ということです。西洋人から見て近いアジアということで、別に小さいという意味ではありません。他にもグレートブリテン島(大ブリテン島)もグレート(大)という意味ではなく、単純に遠くのブリテンという意味での大です。近いブリテンはフランスのブルターニュのことです。


元々アジア(アシア)は良くわかっていなかったので今の中東あたりを漠然と示す用語で、いわば外地みたいな扱いでした。アナトリアはアジアの一部という感じです。

ところが時代が進むと中国からトルコまで意外にも広すぎてアジアの範囲がとんでもなく大きいことが分かり、近いアジア(”小”アジア)、大アジアというように分けられ、さらに範囲が広すぎて困ったので中東という単語も作られ、それでも広かったので東アジアとか極東とか東南アジアとか南アジアというように区分が増え現代に至ります。

東南アジアでもマレー半島とかインドネシアという地名がついているように、アナトリアもアジアの地名のひとつに過ぎませんでしたが、遠近の区別を付けたとき、かつてギリシャ人の土地で比較的よく知っていたアナトリアらへんを小アジア、それより向こう側を大アジアとしました。上記通り大アジア部分も意外と広いことが分かったので後に区分が増えます。

ちなみに人口で言えばヨーロッパ側が圧倒していましたし、イスタンブールもヨーロッパ側です。穀物生産力もエジプトに劣っていたし、特に大きいとか小さいという意味で付けられたわけではないです。もちろんオスマン帝国が自ら「小さい」なんて名付けたわけでもないです。

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる