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広島東洋ファンに質問。1975年のシーズン直後にルーツ監督辞任後代理監督を立てた...

bs_********さん

2016/10/1720:34:28

広島東洋ファンに質問。1975年のシーズン直後にルーツ監督辞任後代理監督を立てたのちに古葉監督になりました。通常代理監督を数試合勤めた後に正式監督に昇格しますが、この時の代理監督さんは何故正式監督を引き受

けなかったのですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

kur********さん

2016/10/1819:44:09

これについては下記の通りです。

・ジョー・ルーツ氏に代わり、野崎泰一コーチが監督代行として4試合、指揮をとっていますが、これはあくまで暫定処置。カープに限らず、どの球団にしても、公式戦中の退団はそうは無いとしても、監督が体調不良でゲームを欠場しなければならない時には誰が代行をするのか、ぐらいの対応はできているはずです。この1975年、ルーツ監督が退団した時の野崎氏はまさに、それで理由はコーチ陣の中でも年長者だったという事でしょうか。当時のカープは、ルーツ氏が退いた後の、監督の座に、山本一義・選手兼打撃コーチ、古葉竹識・守備走塁コーチのどちらかを予定していたと思われますが、さすがに公式戦が始まって1ヶ月も経たないうちに、シーズンを任せた監督が去って行くことは予測できず、野崎監督代行で
ワンクッション置いて、古葉氏にバトンタッチさせたという事なのでしょう。
南海時代、野村監督の下で「帝王学」を学んだ古葉氏は、低迷するカープの切り札的存在「1972年から74年までカープは3年連続最下位」だっただけに慎重を期して監督の座に就かせたということですね。

質問した人からのコメント

2016/10/18 20:25:40

ありがとうございます

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