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世界史についてです。

chi********さん

2016/11/1821:26:03

世界史についてです。

ECSC EEC EURATOM などのシューマンプランにおいて、イギリスが加盟国に含まれていないのですが、何か理由があるのでしょうか?
また、これらに対抗してイギリスを中心にEFTAを結成した理由も教えてください。

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kii********さん

2016/11/1903:21:17

当時、フランスはヨーロッパの自主独立を推進し、アメリカやソ連の影響下からの脱却を図っていました。
NATOの指揮権をフランスによこせと言ったり、脱退したり、部分的核実験停止条約を拒否して水爆実験を行ったりと、大戦で没落したヨーロッパの国際的地位を高めようと考えていたのです。

フランスやドイツ・イタリアといった国々は本来がフランク王国や神聖ローマ帝国などで歴史的に結びつきが強く、その王室は親戚同士で言語・風習も近い。
一方、イギリスはアメリカと極めて結びつきが強く、フランスとは歴史的にも経済的にもライバルというより「敵」なんです。
さらには、フランスは農業国ですから、オーストラリアやカナダ、インドというイギリスの旧植民地から安価な穀物が流入することを危惧しました。
そのため、フランスはイギリスの加盟申請を拒否し続けます。

イギリスはその対抗策としてECに加盟していなかったデンマークなどをかき集めて対抗しますが上手くいかず、最後はフランスに屈します。
これは、一般的にはイギリスの敗北、没落として解釈されます。

しかし、別の角度から見ると、これはイギリスの伝統的外交手法に則った、ある意味既定路線であったのかもしれません。

イギリスは常に、大陸の覇権国家を主敵にします。
スペインが強かった頃はスペインと敵対し、その次はフランスを、さらにはドイツ、最後はソ連へと変遷させます。

大陸国家の特性上、周辺国は覇権国の脅威にさらされますので、外交的にも経済的にも軍事的にも保護国や同盟国を欲します。
イギリスは常にその役を買って出ることでビジネスチャンスと自国の影響力の拡大を行ってきたんです。
要するに、覇権国一つと仲良くして周辺国と敵対するより、覇権国と敵対したほうが自国のメリットが大きい。
それは、自国が海という障壁に守られた安全地帯だから可能なことでした。

第二次大戦後、イギリスはしばらくその主敵をソ連ではなく独仏連合に設定していた。ヨーロッパは大戦でリセットされた状態であり、大陸への影響力拡大のチャンスと捉えていたからです。しかし、最終的には自国の経済力の問題やソ連の伸長によって方針を転換し、独仏と組んで再び主敵をソ連に戻したわけです。

今年、イギリスが、加盟25カ国を従えるドイツ帝国となったEUと距離をおいたのは、何らかの予兆であるかもしれませんね。

  • 質問者

    chi********さん

    2016/11/1918:36:02

    詳しく説明してくださりありがとうございます。
    理解が深まりました!◎

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