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釈迦は、最初「自分の教えは、人に伝えてもわからないだろう。」と、思ったとされ...

捨てる神あれば拾う神ありさん

2016/11/2423:02:21

釈迦は、最初「自分の教えは、人に伝えてもわからないだろう。」と、思ったとされていますが、今現在、仏教は多くの人が、多かれ少なかれ、理解されていますよね?

「空」が、少し概念的だけど、それ以外は、まだ分かりやすいかと。

当時でも、釈迦の弟子は、すぐにできたし、その教えを知りたいと思った人も、数多く集まりました。
そこから、悟りを開いた人も、たくさんいました。

これは、「釈迦の見込み、予想が甘かった」ってことなんでしょうか?
それとも、「釈迦の教えは、例えると小学生用であって、全てではない。」ってことなんでしょうか?

後者なら、密教系こそが、釈迦の教えの、本当の姿ってことですかね?

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JoJonさん

2016/11/2716:47:52

こんにちは。

仏教とは、仏になる教えです。仏とは、最高の真理に目覚めて智慧を完成させた者のことです。釈尊(ガウタマ・シッダールタ "Gautama Siddhārtha")は、35歳のときに菩提樹下で瞑想をし、ついに最高の真理に目覚めて、智慧を完成させました。その時の様子は、多くの経典で描かれています。例えば、妙法蓮華経には、次のように書いてあります。


我が所得の智慧は 微妙にして 最も第一なり
衆生の諸根鈍にして 楽に著し 痴に盲いられたり
斯の如きの等類 云何して度すべきと

私が得た智慧は 非常に深く普遍である
人々の感じる能力は鈍く 快楽に執着していて
無智であり 真理をみることができない
この人々を どのように教化すればいいのだろう?


このように釈尊が悩んだのは、「自分の教えは、人に伝えてもわからないだろう」ではなく、「私が得た智慧は、人に伝えてもわからないだろう」ということです。釈尊は、悩んだ結果、方便によって人々を教化することにしました。最高の真理・真実をダイレクトに説いても伝わりませんから、人それぞれの智的能力・性質・欲求・環境に合わせて教えを説くことにしたのです。

方便とは、「近づける」という意味です。仏教で方便という場合は、最高の真理へと人々を近づけさせるために説かれた教えのことをいいます。釈尊は、覚った後、何日もかけて、自分が得た智慧をどのように人々に教えようかと思案しました。そして、縁起の法則によって説くことを決めました。


仏教を学んでいる人であっても、釈尊が得た最高の智慧の内容を知る人はいません。インド最高の仏教学者と言われた龍樹でさえも、釈尊の覚りには、遠く及ばなかったようです。覚りには段階があります。

喩えれば、富士山に登るようなものでしょう。富士山に登ろうと思っていない人は、富士山には登りません。同じように、覚りを目指そうとしない人は、覚ることはありません。覚りを目指す心を起こすことがスタートです。富士山を登って行くように、コツコツと修行を進めれば、やがて下界を見下ろすことができるようになります。これまで観えなかったものが、登れば登るほどに広く見えるようになります。完全に山頂まで登りつけた人は、釈尊だけです。釈尊の観た景色は他の誰もが見ていません。喩えれば、釈尊は宇宙まで昇って、世界を悉くあるがままに観察したようなものですから、人智をはるかに超えています。


登山なら、訓練次第で登頂も可能なのでしょうが、最高の真理を得て、智慧を完成させることは非常に難しいことです。

私たちは、目の前にあるものを眼で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで、舌で味わって、皮膚で触って、そのものを認識していると考えていますが、実際には、現実世界のそのものを私たちは見ていないし、聞いていません。そのものを眼でとらえて、その情報を脳に伝えて、脳が創りだして仮設されたものを認識しているだけです。脳が創りだす仮の世界は、現実世界とは違います。必要な情報だけを強調し、必要でない情報は省略して再現しているのですから、もし現実のそのものと比べることができたなら、大きな違いを感じることでしょう。

私たちは、現実世界をインプットし、脳内で仮設世界を作り、それを認識しています。仏教でいう真実・真如とは、仮設された世界のことではなく、現実世界のことなのです。眼や耳という感覚器官ではとらえることのできない現実世界を知ったとしてもそれを人に伝えることはできません。ほとんどの人は、仮設世界を現実だと思い込んでいるし、現実世界があると伝えることができても、それを観察させることは非常に難しいことです。

それだから釈尊は、一度は法を説くことを断念しようとしましたが、方便によって、人々に仮設された世界に執着することから離れるようにと説法しました。執着から離れるために出家を勧め、さらに独覚を勧めたのです。

釈尊の時代から、弟子たちの多くは、自分の心が創った仮設世界に自分があることに気づいていました。その段階の覚りは、多くの弟子が得ていましたが、現実世界とのコンタクト(観察・直観)に成功した者は少なく、ましてや現実世界の最高の真理に目覚めた者はいません。

法華経は、現実世界への門であり、華厳経は現実世界そのものであり、大日経は現実世界の最高の真理についての教えです。


合掌

質問した人からのコメント

2016/12/1 19:57:07

知恵者よ。
なるほど、妙法蓮華経の一節ありがとうございます。

教えと知恵は、違うということですか。

確かに、知識と知恵は、違い、知恵とは体験を伴わなければ、実感することができない、とも言えるかもしれませんね。

ありがとうございました。

ベストアンサー以外の回答

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zen********さん

2016/11/2913:25:44

>「釈迦の見込み、予想が甘かった」ってことなんでしょうか?

結果的に多くの弟子に恵まれたので甘かったことになります。
しかし、それは真理や悟りに興味のある人に限ったことです。私の妻に「無我」「不死」「空」「唯識」などの話をしても全く理解してくれません。危ない宗教やってるんちゃうか? みたいなふうに思っているようです。


>「釈迦の教えは、例えると小学生用であって、全てではない。」ってことなんでしょうか?

本来の釈尊の教えはそれが全てであり、決して小学生用ではありません。ただ、一部の方便として語られた宗派には相手に合わせてレベルダウンして語られた教えもあるようです。


>密教系こそが、釈迦の教えの、本当の姿ってことですかね?

密教とは仏教にバラモン教(古代のヒンズー教)が混ざった教えであり、仏教の本当の姿ではありません。
しかし、仏教の真髄である「無我」「不死」「空」「唯識」をちゃんと伝えているので仏教の一宗派と考えてよいと思います。

hak********さん

2016/11/2818:46:51

釈迦も弥勒も彼の奴隷に過ぎない。その彼とは一体誰か?

そのような問いかけが無門関にあります。

もちろんのこと、その答えを知る者は禅僧雲水でも僅かです。

釈迦の教えは理解を越えたならば、単純で明白であり虚空に日輪が輝き出でるように明らかです。

本当に理解できたならば、師家の室内に参じて、仏祖の法を継ぐに値すると認められるかもしれません。

ただ、上に書きました答えが分からないとしたら、参ずることすらおぼつきません。

世の中には人の数こそ無数こそ、眞に摩り上げた達人は少ないものです。

sam********さん

2016/11/2814:07:49

少しばかりの点と点が繋がったからといって仏教がわかった「われ、仏教を達観せり!!」と思わないほうが良い。
繋がらない点がイッパイあるのを知らないだけ、少ない情報量で「はしゃぎすぎ」はみっともない。(「はしゃぎすぎ」って言葉も知らないやろ??ジジイなら知ってる)
あなたが学ぶべきは「機と法」、機(器)の優劣と法(教え)の優劣の関係??知的優劣と宗教的優劣が一致するなら機の優劣と法の優劣は一致する。が、現実にはバカの妄想=知者・賢者指向が知的優劣と宗教的優劣を一致させない。

妄想の中に居るバカは「悪人正機」と聞くとビックリする、自分の仏教で説明できないから、自分の貧弱な仏教には繋げようのない点だから、自分が少しばかりの都合の良い情報の間に限って引っ張れていた妄想の線をリセットしないといけなくなる。
仏教で正機は凡夫。
親鸞(法然らしい)にとって「悪人」が正機、大乗にとって「煩悩・有為法」が正機(「照見”五蘊”皆空、度一切苦厄」「無為法中に仏法を生ぜず」)

釈尊にとって誰が正機??
釈尊にとって張り合いのある弟子=釈尊を必要とする弟子、釈尊を「救済者」とする弟子、キサーゴータミー、パンタカ、ナンダ、、、愚痴まるだし、煩悩まるだし、イッパイイッパイの凡夫が釈尊仏教の正機。

釈尊にとって張り合いのない弟子=釈尊を必要としない弟子、釈尊に普遍性・真理を要求し、個性・方便を要求しない弟子、法灯明・法帰依【無生法忍】で充たされ仏灯明・仏帰依【現在仏現前三昧】を要求しない弟子、法があれば仏は要らない弟子、外道があれば仏教は要らない弟子、舎利弗、目連、大迦葉、、、
彼らは「法弟子」であって「仏弟子」「仏教徒」ではない=釈尊から師弟関係を否定されようがされまいが彼らは自己責任で「外道」。

釈尊が言いたいことは「私は法ではない」ということ、法=普遍的真理と「不共」共通しない部分を見よ、ということ。

>「釈迦の教えは、例えると小学生用であって、全てではない。」ってことなんでしょうか?
>密教系こそが、釈迦の教えの、本当の姿ってことですかね?

釈尊も「小学生用は嫌だ大人用が欲しい」などと3歳児から言われたくはないと思うが、
釈尊は無上等正覚者なんだから全宇宙を尽くしている、空間でも時間でも尽きないところはない。全宇宙の仏教の展開は想定ズミ。

くどくなるが、こんな明白なことがなぜわからない!!
『ブッダ最後の旅』岩波文庫の64,65ページ。

釈尊自身の【教相判釈】。

65ページで釈尊の死後「自灯明・自帰依、法灯明・法帰依せよ!!」と説法された相手は外道ばかり「仏弟子・仏教徒」は一人もいない(64ページ、二十五をボーっとせずに覚醒してよく読め!!)。

外道テーラワーダが伝承する『ディーガニカーヤ』に仏弟子・仏教徒に対する説法を探してもあるわけがない。

釈尊の死後「仏弟子・仏教徒」はどうすればよいのか??

外道・ビクサンガが【自灯明・自帰依、法灯明・法帰依】なんだから
当然、仏弟子・仏教徒は【他灯明・他帰依、仏灯明・仏帰依】

他者・仏=釈尊を失った娑婆の凡夫はどうすればよいのか??
答えは明らか!!「現在仏信仰」!!阿弥陀如来や大日如来、観音菩薩や文殊菩薩を灯明とし、帰依すればよい。

釈尊出世の本懐は「般舟三昧=現在仏現前三昧」による「現在仏」の救いを娑婆の凡夫に遺すことです。

釈尊の本意「現在仏」の救いを今に伝えるのは何??
浄土教と密教。

>密教系こそが、釈迦の教えの、本当の姿ってことですかね?

そのとおり!!
3歳児だ、なんて言って失礼しました。


aksobhyavajraさんの知恵ノートに
佐伯真光という人の50年近く前の論文(前半)が載ってます。
一部に以下のような記述あり。
>こうした仏教観を一番はっきりと打ちだしたのは、仏教学のポーランド学派の祖ともいうべきスタニスラフ・シャイエルであろう。彼は初期の著作『救済教としての大乗仏教』以来、『東方の諸宗教』におさめられた晩年の論文にいたるまで、一貫して、仏教は単なる倫理教であったことはなく、最初からそれ自身の神話と祭儀と救済の教義を持った宗教であったと主張してきた。彼の所論は要するに、小乗仏教のあとに大乗仏教がくるのではなく、多くの神秘的教義を含んだ大乗仏教こそ、最初期の仏教に直接由来するものだという点にある。

http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n366421


追記。

inchiki_2004さん

高野山東京別院へ参詣してaksobhyavajraさんと会話してきました。

>もう犯人探しはしないがanpontaikunさんからの公開質問状の入った封筒をスマホで写真に撮っている職員を目撃してビックリした。
とおっしゃっていました。

ちなみに高野山東京別院は警視庁高輪警察署と隣接してるんですね、チットモ知らなかった!!別院で悪いことをするとすぐ捕まえてもらえますね。

刑事告発状の書きかたを知ってますか?と訊かれてビックリしました、何かあったんですか?

anpontaikunさん
2016-11-27 16:05:57
>それでいいですが、そもそも『釈尊の教えは一般人に向けて説かれたものではない(一般向けの教えもあるが、知恵袋で議論されているのはほとんどが出家向けの教え)』という前提が、知恵袋ユーザーの議論から(ひいては日本人の仏教認識から)完全に欠落してしまっているのがズレの根本的な原因です。
とまあ、ずれた回答になってしまうので置いといて、釈尊がなぜ文字化を禁じたかというと、こういう事を見越した上でしょうね

>一般人??って何??
あなたは具足戒を受けたビクなの??釈尊はビクサンガは外道だと言っている、ビクでなくて良かったね、釈尊仏教の正機は「凡夫」=「一般人」。
自分は上座様・長老様、ひかえよ!!一般人ども!!頭が高い、スマナサーラ病。

>日本人の仏教認識
ついこの前、aksobhyavajraさんが指摘するまでパーリ語をパーリー語といい続けた自己授記の不還者が利いた風なことを言うな。
釈尊の言葉を無視するあなたがaksobhyavajraさんのご指摘を無視せず訂正したのだから「aksobhyavajra様、おかげさまでひとつ利口になりました、ありがとうございます」と言え。

いっぱいある恥をもっと減らしてやる「samantabhadra1611様、ご指摘ありがとうございます、私が間違っておりました、おかげさまで訂正させていただきました」と言いたくないなら訂正せずに死ぬまで恥を曝し続けよ。
一来がパーリ語で不還者になれる!!もうひとつ利口になれば「阿羅漢」だ!!スマナサーラ外道はお手軽ですね。
anpontaikunさんプロフィールの自己紹介。
>仏教実践者。半年程前に初期仏教に興味を持ち『スッタニパータ』はじめ初期仏典の日本語訳(中島元博士訳)を購入。釈尊の教えに触れ、自分の抱いていた仏教のイメージとあまりに違う事に衝撃を受ける。その後アルボムッレ・スマナサーラ長老の著作等を参考に仏教を独修。ニッバーナ目指して不傷害の道を歩んでいる。知恵袋では回答中心。
以上11月28日現在のコピー。

>ズレの根本的な原因です。とまあ、ずれた回答になってしまう
外道不還者の回答を本気で相手にする人などいない、回答のズレなど心配しなくて良い、人生がズレていることを心配せよ。

>もろ『バカに説法しても疲れるだけだ』って言ってますから。
>釈尊がなぜ文字化を禁じたかというと、
私がはっきり典拠を示している釈尊の言葉を合理的に否定できず感情的に【無視】する人が妄想を語る。はっきりと典拠を示せ。
スマナサーラ外道の言葉は釈尊の言葉ではない、わかってるかな??

>勝っても負けても、釈迦の恥です。
釈尊が破門にした外道が仏教徒と僭称しているだけ、仏教と外道の争いです。外道が破れても釈尊が恥じることはない。

>仏教的には、自分の意見と合わない人は、ほーっておく、のが、個人的には仏教らしいかなー?とも思ったり。
ほーっておく=anpontaikunさんの常套手段【無視】=融和的態度=無条件降伏=負け犬=命乞い。合理的な問いに感情的な答えしか出せないのは無条件降伏・負け犬・命乞い。

>個人的には仏教らしいかなー?とも思ったり。
あなたの仏教はオママゴト、私の仏教は命掛け「死んで逝ける仏教」が目標。問いがオママゴトでも本気の答えしかありません。

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三浦さん

2016/11/2619:29:03

いや、「分かりづらい教え」を対機説法でそれぞれの人に解りやすく説法したのがお釈迦さんの素晴らしいところでしょう。
密教はその「分かりづらい教え」をストレートに伝えたものですが、だからといってそれ以外は本当の教えではないということはありません。解りやすいように表現を変えたお釈迦さんによる教えです。


↓のsamantabhadra1611=aksobhyavajra=野村懐忍は仏教初心者、若い女性と見ると食らいついてきて「上から目線」で自説妄想仏教を押し付けたがる困ったお爺ちゃんです。
お気になさらないでくださいね。

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2016/11/2509:54:18

いや、理解されてりゃ阿羅漢がぞろぞろ出てきてなけりゃおかしいんですよ。現代では全く出てきていないという事は理解されていないという事です。そもそも『理解』という単語自体不適切なんです。
釈尊在世の頃に悟りを開いた人が大勢出たのは、悟りを開く力を持っている人を選んで出家させていたから、ということと、他ならぬ釈尊直々に指導・説法したからです(もちろん教団拡大後は他の阿羅漢が指導・説法に当たりましたが)。釈尊の見通しが甘かったどころか釈尊の正しさの証明でしかありません。まあ、梵天勧請を受けるまで(歴史的事実はともかく)『どうせ理解されないから説法するの無駄じゃん?』という気持ちに傾いていたのが、勧請うけて思い直したのだから、『見通しが甘い』という感想を抱く人が出てきても不思議じゃありませんが。

質問の答えは、『①は少しズレています。②は間違いです』です。

質問とは関係ありませんが、日本仏教(浄土系)でいう『悪人正機』は、梵天勧請説話からみても完全な間違いだという事が分かります。
だって、もろ『バカに説法しても疲れるだけだ』って言ってますから。個人的な意見でいい加減な事を言いますが、悪人正機はどうもキリスト教思想の影響が強いような気がします(もちろん親鸞やらご当人方には自覚は無いでしょうが)。まあ、それをいうと浄土系自体一神教的ですが。釈尊は『一切衆生の利益のために』『慈悲喜捨が重要です』とおっしゃっていますが、別に一切衆生が全て成仏できる、とはおっしゃいませんでしたし、一切衆生の利益を考えるのも慈悲喜捨を実践するのも、全て修行者が解脱する助けとするためです。教えを乞う人間にだけ教えを説きますが、それで悟れる悟れないはあなたの自己責任ですし、その辺歩いてる人を無理に捕まえて教えを説くようなことはしません(しても無駄ですし)。というのが釈尊の基本的スタンスです。まあ、例外はありますが。

関係ない駄文を長々とすみません。

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