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ペットロスを経験し克服した方に質問します。 家にはもうすぐ10歳になるMダックス...

suzukisarahchanさん

2017/1/2911:27:21

ペットロスを経験し克服した方に質問します。
家にはもうすぐ10歳になるMダックスフントの女の子がいますが
いずれ最期を迎える事は避けられません。

そこでビデオカメラを買って元気な姿を今のうちに録画しておこうかと
かみさんに提案したところ余計辛くなるのではと言われました。
動画を残すのはどんなものでしょうか。
ちなみに写真は撮っています。次の子は考えていません。

閲覧数:
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回答数:
4

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ベストアンサーに選ばれた回答

2017/1/2916:30:15

動画を残さなかったらそれはそれで後悔すると思います。
「動いている姿を撮っておけばよかった。」
これは常に頭をよぎると思います。
それに押しつぶされることになるくらいなら、
死後見る見ないにかかわらず
ちゃんと飼い主さんと一緒に戯れる姿を動画にとっておくことも
いいんじゃないかなと思います。

質問した人からのコメント

2017/1/29 17:08:45

その通りですよね。すっきりしました。単純明快にお答えいただいたchiebukuroupc15さんをBAに決めさせていただきます。ありがとう
ございました。

ベストアンサー以外の回答

1〜3件/3件中

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2017/1/2915:02:55

11頭の子と別れを経験していますが、動画に収める事ができているのは、5頭だけです。

VHSのビデオに録画したものは、今は観ることも出来ないため、近々DVDにしてもらう予定です。

たくさんの写真や動画を撮っていればよかったなと後悔しています。

克服するのではなく、ただ単純に記憶が薄れて行くだけのような気がします。

思い出す事も僅かになり、記憶からただただ、消えていく。

克服も乗り越える事も、たぶん出来ませんが、忙しい日常と現実で、思い出す事が少なくなる、ただそれだけのような気がします。

被毛やハーネス、産まれてからの成長に合わせて購入した首輪の数々、全て取っています。
今も毎日、水とご飯を供えていますが、いつか再開する日を待っています。

この子達に教えて貰った事を、今の子達に生かせていると思います。
重ねて見ていることもあります。

記憶として胸にしまうのも、乗り越えるためにはいい事だと思います。
動画を観ることはなくても、撮って置かなければ動いている姿や声を聞く事は、一生出来なくなります。
抱きしめる事はできませんが・・。

動画に収めて、気持ちが楽になれる日が訪れるまで、しまっておいてはどうですか。
観る観ないの選択が後からでも可能です。

tp99houseさん

2017/1/2912:42:27

個人的な考えに過ぎませんけど、
我が家では動画は動くので辛く感じるので、
写真だけにしています。
声を聞くのも厳しいですしね。
これなら人と同じで遺影だと納得する事も出来そうに思うからです。

でもそれぞれ考え方に違いがありますから、
これという決め手はないと思います。
家族で話し合って決めるしかないでしょう。

我が家は11歳のチワワの男の子ですけど、
一年ほど前から飼い主にしか分からない程度で、
目に濁りが出てきました
獣医さんに相談しても標準的だと言われるだけです。
それでも愛犬ですから老化を感じるこの頃です。
いずれやって来るその時の事を話す機会も増え、
気が重くなりますけど、
こればかりは受け入れるしかありません。

我が家にやって来た日の写真、
初めてのお散歩、
近所の河原でのお散歩、
キャンプ、
旅行、
海水浴、
雪遊び………

我が家は全部写真だけです。

inugenki2さん

2017/1/2912:19:52

克服出来たかはわかりませんが、個人的には愛犬が確かにいきていたと実感する事、犬の寿命を受け入れる事、死んだ瞬間よりも犬と暮らした幸せをたくさん記憶して思い出して感謝した事でロスという喪失感は薄くなりました。
肉体の制限が無くなって、自由になった魂がずっと側にいると信じています。
愛犬が自分と一緒にいた証として、写真やムービーなどを保管するのは、個人的には良いと思います。
人それぞれですが、過去を思い出して辛くなる人もいれば記憶が蘇って幸せを感じる人もいるでしょう。どちらが良いかはわかりません。

死は苦しみを伴いますが、死に至るまでは幸せがあった訳です。
死ぬ瞬間を愛犬の生涯に当てはめて、辛く苦しい生涯にしてしまうのは、私は嫌です。
愛犬と暮らした十数年は、幸せがたくさんありました。幸せしかなかったと言えます。
それを除外して愛犬を失った我が身を嘆くよりは、我が身の悲しみを除外して愛犬がここに存在した幸せに感謝せねば、と思います。
わかりやすく表現出来ませんが、私にとっては愛犬を失ったのではなく、愛犬と一緒にいた自分が存在しているのです。過去の事実、私の人生の一部に愛犬は存在しています。私の中に歴代犬達が存在しているのです。
愛犬の死で、愛犬と暮らした十数年の日々も失われた訳ではありません。
ずっと一緒です。

わかりにくいと思いますが、私はそう考えています。

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