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人を、勝ち負け、容姿、若さ、年収、仕事、でのみ価値を求める、日本の風潮につい...

ple********さん

2017/2/2500:52:41

人を、勝ち負け、容姿、若さ、年収、仕事、でのみ価値を求める、日本の風潮についていけません。
そんな死後にまで持っていけないもので、人生を過ごしたくありません。

普遍的、変わらない価値観で生きたく思い、宗教に入信したいと思います。
どのように、宗教を選んだらいいですか?

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Rockさん

2017/2/2521:48:58

10年ほどかけて、色んな宗教をじっくりと学んでから決めても遅くは無いと思います。早すぎる決断は失敗する可能性が大きいです。また、人の意見に左右されるのではなく、自分自身で調べて決めた方が自律的です。

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han********さん

2017/2/2723:34:33

ご利益宗教な人は腐るほどいます。

神や仏に拝めば
なにかいいことあるかな…ということです、

本当に入信するということは
やはり覚悟もいるし、自分が一度死ぬぐらいの気持ちで望んでもらいたいものです。

おっしゃるように
人を勝ち負けで判断して
薄っぺらい分かる部分で価値を決めることを私も良いとは思いません。


ただ、質問者さんはご家族のことを心から理解できますか?

私は自分の家族のことでも分からないことばかりです。

人は人のことをなかなか理解することができません。

でも、知らないということは怖いことです。

相手を自分なりに判断しないと一緒に生きていけません。

田舎では、よそ者がこれば警戒するように
人は人を判断することで安心しています。

そんな世界で生きているのが苦しいと思う人は
多分、その世界でよい場所にいないかたではないでしょうか。

人間自分に都合がいいことは風潮するものです。

年収がよく学歴が高い、そして人に勝っていれば
勝ち負けを批判しないです。


自分が恵まれない、勝てない
うまくいかないことに人は批判をして
おかしいというものです。


私は学歴で人に劣ります
年収は、血の小便で人よりはあります
勝ち負けは勝ってることも負けてることもあります。

人は信用できないし、怖いとも思います。

しかし、自分は自分と思っています。

自分を救うも殺すも自分です。


入信まで考えるほど
なにかあったなら

それをバネに、もう一度現世で頑張ってみてはどうでしょうか。

sai********さん

編集あり2017/2/2622:06:18

私の身体、私の命、私の心でありながら、その身体、命、心が思う通りにならないと云うことは、私が身体、命、心の主人公『主
』ではないことは分かるでしょう。

只、自己がそう思っているに過ぎないのです。

それではこの身体や命、心の主体は何でしょうか。

それは私達を生み、私達の中に内在し、私達を生かしている『仏の御いのち(神)』です。

ところが私達の成長の過程で生まれた自我意識が幅をきかせ、肉体や心に道に反する生活習慣を強制する為に神(阿弥陀或いは不生の仏心)が意識の奥底に埋没されてしまい錯覚した自己が主となり苦悩、罪悪、孤独を引き起こします。

宗教上、原罪、無明と言われるものです。

坐禅、念仏三昧で真の自己に立ち返る必要があります。

宗教法人光明園、光明会本部聖堂では盛んに別時念仏が行われています。

但し、坐禅も念仏三昧も相当厳しい道ですので並大抵のことでは道の成就は難しいです。


全てを捨てる覚悟がいります。

toy********さん

2017/2/2521:07:30

宗教は、大きく分けて、二潮流あります。

1、ユダヤ教から始まる一神教系列。アブラハムの宗教といいます。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教。
神、霊魂の不滅、死後の世界の現存、罪と罪からの救い、
終末と裁き、歴史は神の救済史、一回きりの人生。

2、ヒンズー教からの後継者。ヒンズー教、仏教。
人格を持った唯一神なし。罪という概念なし。人生は、今の行いにより輪廻する。
永遠の命はない。

そのほかに、
今生きている宗教は、多神教である民族宗教;日本神道。
死後も永遠の命もない、全て色即是空、無であるとする禅宗。
道教、儒教は、宗教というより、生活、社会規範、道徳です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー

sad********さん

2017/2/2513:03:24

宗教学的分類です。
自分を、捨て、普遍的な真理、教義にゆだねるものを、高等宗教といいます。
自分を維持しながら、自分の利益、救いを、希求するものを、下等宗教といいます。

ただ、何を信じるか、間違ったものを信じることを避けたいです。
ーーーーーーーーーーーーーー
下の方も書いていますが。
その宗教が、カルトと見分ける方法があります。

1、その信仰を維持するうえで、お金が、かからないか?
2、その信仰を維持するうえで、自分の生活が変わらないか?
信じた故に、泥棒で生計を立てるのをやめるというのは、別問題です。
3、性、結婚まで介入してくるか?
ということです。

ino********さん

2017/2/2511:49:54

普遍的価値で最高のものといえば自己生命しかないでしょう。
神とか佛という他者の介在なしにそれを探求する宗教が望ましいと思います。
「自己の拠り所は自己のみなり」(法句経)
「自らに帰依せよ 法に帰依せよ 他に帰依することなかれ」(涅槃経)

自己生命を本尊とする禅佛教がお薦めです。

いくら修行しても住職資格の取れない、修行専一の道場があります。
安泰寺という曹洞宗の寺です。参考に一度覗いてみてください。
今、住職はネルケ無方というドイツ人です。

http://antaiji.org/ja/

普遍的価値で最高のものといえば自己生命しかないでしょう。...

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