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ナチスドイツはなぜ独ソ不可侵条約を破り侵攻したのですか? あれがなければ戦力を...

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ID非公開さん

2017/3/2710:27:08

ナチスドイツはなぜ独ソ不可侵条約を破り侵攻したのですか? あれがなければ戦力を十分西部戦線に投入できたので、ソ連を侵攻するならば西部戦線を終わらせてからにするべきだったと思いませんか?

旧日本軍も同じですが…
なぜ全方位で戦争をしてしまうのでしょうか?

西欧諸国とソ連を同時に相手にしたのがナチスドイツの失敗だとは思いませんか?

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hhj********さん

2017/4/100:45:52

ウクライナの石油と穀物を必要としたからでしょう。
レニングラードにこだわり過ぎたのが戦略的間違いと思います。

日本も石油確保のために南方進出しました。
もし、あの時点でシベリアに油田があったら
日本もドイツと協調してソ連を挟撃していただろうと推測します。

結局、戦争の原因は資源の奪い合いであることが多いと思います。

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yuu********さん

2017/4/100:22:22

いくつか理由がありました。

これはビスマルク以来のドイツ外交の特徴ですが、ドイツ外交は信頼関係に重きを置きませんでした。
ですから、第一次大戦時でのベルギー中立侵犯の際の有名な文句「条約など紙切れ一枚ではないか」に代表される思考で、ヒトラーもまた忠実な僕でした。またヒトラー外交の特徴として、ある外政目標を達成するために周辺、利害関係諸国とはとにかく一時的な妥協をしています。
防共協定を結びながら中国の対日戦争には積極的に支援して、また日本とは無断で独ソ不可侵条約を締結したようにヒトラーにとって、条約は一時的な妥協でしかなかったのです。

またヒトラーは我が闘争で主張しているように東方進出を目標としていました。英仏との戦争は想定外で、それによる西方進出こそ予定にない方針だったのです。

第三が
>西部戦線を終わらせてからにするべきだったと思いませんか?
本来はそうするべきだったのでしょうが、バトルオブブリテンでの失敗からその具体的手段を喪失してしまっていました。
>戦力を十分西部戦線に投入できたので、
投入する戦力がなかったのです。
確かに軍備は充実していましたが、それはあくまで陸軍とそれを支援するための空軍でした。
イギリスを相手にするには海軍力と、渡洋能力十分な空軍が必要でしたが、前者がなかったからこそバトルオブブリテンが発生したのであり、そして、バトルオブブリテンは後者も不十分であることを証明されてしまったのです。
海上支援も航空支援もできない戦力を投入などできるわけがなく、ただ西欧に張り付けているだけでは何も意味がありません。

第四がヒトラーはイギリスとは一貫して何かしらの妥協をしようと試みていますが、チャーチル・イギリスはこれに頑として応じる気配を見せませんでした。ヒトラーはこの要因としてソ連の存在があると見たのです。ソ連まで駆逐したとなれば完全にイギリスは孤立することになり、さすがのチャーチルも妥協に応じざるを得ないと考えました。チャーチルは独ソ戦勃発でむしろ味方を得て一息つけた心持になれましたが、ヒトラーの目論見はこれと完全に逆でした。

そして、最後の第五にヒトラーのみならず(これは戦後になってさもヒトラーだけという印象をされているが)、ドイツ軍上層部にとって当時のソ連は難敵であるとは決して思われていなかったことです。
第一次大戦においてはドイツは実質的にロシアに勝利していました。その後のソ連は内乱、続いてスターリンによる大粛清でぼろぼろ、その無力をフィンランドとの戦争で露呈しています。
一方のドイツは、ヒトラー曰く「世界最強の空軍と陸軍」を所有しており、しかも、第一次大戦で数百万の犠牲を出しても到達しえなかったパリをあっさりと占領して、第一次大戦での一つの戦場規模の期間と犠牲でフランスを屈服させています。

>西欧諸国とソ連を同時に相手にしたのがナチスドイツの失敗だとは思いませんか?
結果論から言えばそうだったのでしょうが、当時のヒトラー・ドイツはそのように考えず、致命的な失敗になると考えなかったのです。

pla********さん

2017/3/3122:06:52

ボ、ボクは小学生でしゅが・・・

イギリスとの膠着状態の時こそ戦線の転換はないと油断するソ連軍に奇襲する戦術で、ひと蹴りすれば崩れる粘土像だと錯覚したのという論とは別に、独ソ戦がいままでとは違う人種イデオロギー絶滅戦争として突入したのは常備地上軍規模に劣るドイツ軍が航空戦でイギリスに負け、戦争計画の責任について考慮すべき時期に権力闘争としての材料でナチイデオロギーを持ち出して保身とガス抜きさせたかったからだとすると、ワイマール時代からある国防軍再軍備問題についての伝統貴族のドイツ騎士団としての自己実現欲求が組織内部の、そしてドイツの政治を暴走させたと説明できなくはないか。ドイツ軍の真の敵は冬将軍でなくフォン元帥だったのかもしれない。この軍隊内部の権力闘争に出自根拠と他者排除の人種差別民族主義が内外集団バイアスとなったとは考えられなくはないだろうか。
「私は私腹を肥やす行い、利己的な振る舞いと無規律、ドイツ兵士の<名誉>を傷つける行為に厳格に対処する=第11軍司令官マンシュタイン」
「ユダヤボルシェビキに対する軍事目的はヨーロッパ文化におけるアジアの影響を一掃することだ。是によりこれまでの一面的な伝統を超越した<義務>を軍に課す。ドイツ兵は原始人ユダヤ人に理にかなった制裁が必要なのを完全に理解する。さらに国防軍に対する反乱を未然に防ぐという目的もある。反乱を煽動するのは常にユダヤ人だ=第6軍司令官ライヘナウ」
「軍人にありがちな<仲間意識>を捨てることだ。共産主義者は初めから終わりまで仲間ではない。これは絶滅戦争である。そうしておかねば敵を負かしたとしても30年もすれば再び共産主義の敵と対戦することになる。破壊には闘争をもって対抗し軍事法廷にかけるようなことはない。指揮官はこれがどういうことなのか、知っておかねばならない=総統ヒトラー」

ボ、ボクは小学生でしゅが・・・...

ken********さん

2017/3/3115:21:37

元々フランス・イギリスと戦うつもりがなく、当時のドイツで準備をしていた物資ではイギリス攻略が不可能なのだから
当初の予定通りソ連へ侵攻するのは妥当な判断ですけど、誤算はイギリスへの中途半端な対応が仇となって北アフリカへ戦力を昨必要が生まれたことですかね。

イギリスと講和を結ぶか本土上陸が果たせれば、イギリスの北アフリカへの増兵が止まるのでイタリアも予定通り地中海沿岸部の攻略を果たせていたと思うので、北アフリカ軍団作る必要もなかった理由ですし、そうなれば東部戦線へさらなる増援が可能になります。
ドイツの最初の詰めの甘さが、全体の足を引っ張ってるんです。


実際は、西部戦線には殆ど戦力を置いて居なかったので、ソ連方面への戦力増加を図りたいのであれば地中海・アフリカ方面へ割いた部隊の方が痛いですね。
海を渡ることは出来ませんでしたが、派遣された車両の数もアフリカ戦線の方が圧倒的に多いです。

shi********さん

2017/3/3114:24:44

あるサイトを紹介します。
この話が事実なら、ドイツが始めた第二次世界大戦は地球規模の裏組織をつくるための布石だったかもしれません、
ソ連に侵攻したのはソ連にドイツの気を引かせるためということが考えられます。
裏に潜むドイツの力をみせつけ、地球人全体を奴隷にするためにです。
一般人に知られることなく人間を利用するためには機密で守られている各国の軍産複合体を利用するのが一番です。

参考サイトをどうぞ。

http://ja.spherebeingalliance.com/blog/transcript-cosmic-disclosure...

http://ja.spherebeingalliance.com/blog/transcript-cosmic-disclosure...

http://ja.spherebeingalliance.com/blog/transcript-cosmic-disclosure...

http://ja.spherebeingalliance.com/blog/transcript-cosmic-disclosure...

http://ja.spherebeingalliance.com/blog/transcript-cosmic-disclosure...


http://nowcreation.jimdo.com/2016/01/17/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3...

kai********さん

2017/3/2716:45:06

ドイツはヒトラーの東方生存圏の実現の為に東欧諸国に進出します。その為にソ連と一時的な独ソ不可侵条約を結びます。これは、誰がどう見ても歪な条約でした。まずヒトラー自体共産主義は大嫌いであり、ヒトラー自身が「ゲルマン人が優れており、スラブ人は劣等人種」だと主張していたのにそのスラブ人と手を結ぶわけです。これは、どう見ても一時的な妥協であり、いつか時が来たらソ連を攻めるための時間稼ぎでした。その後は順調に東欧をソ連と共に分け合い、ポーランドに進出した頃に英仏に宣戦布告されました。ヒトラー自身同じゲルマン民族であり、反共のイギリスとは戦いたくはありませんでした。しかし、イギリス軍を大陸から追い出しても一向に和解しようとせず、むしろイギリスは徹底抗戦を貫きました。よってイギリスを攻略せざるを得ないのですが、海を隔ててるためイギリス攻略に失敗します。
だからヒトラーはソ連を滅ぼせばイギリスをも屈伏出来ると考え初めの理論に戻り、独ソ戦がはじまりました。
むしろドイツはソ連を攻撃したかったのです。

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