ここから本文です

81年8月に13年間続いた国際プロレスが崩壊しました。テレビ中継の撤退が致命傷にな...

ohh********さん

2017/4/2512:47:59

81年8月に13年間続いた国際プロレスが崩壊しました。テレビ中継の撤退が致命傷になりました。
ではもし何とかテレビ局が中継継続してもらい、細々とたけど団体存続が可能になって10年生き永ら

えたとします。
高杉正彦(ウルトラセブン)が国際プロレスのエースなれた可能性はあったと思いますか

国際歴代エースは、ヒロマツダーグレート草津ーサンダー杉山ーストロング小林ー
マイティ井上ーラッシャー木村でした。ビルロビンソンも外人ながら実質的なエースだった時期があります。団体回してたエースは小林ー井上ー木村でした。
81年以降だと体の大きさや実力的に阿修羅原となると思いますが、金銭面や性格的な問題もあっていずれはフェイドアウトすると思います。
井上のように暫定的エースとして高杉の目はあったと思いますか?確かに体は小さいしセンスも?マークですが、人の良さはぴか一。プロレスラーとしてはマイナスの面もあるけど。菅原よりは良いかなあ…
まあでもやはり冬木という事になるのかなあ~
3年前の国際のイベントで高杉がIWAのベルトを持って登場したと聞きました。高杉セブンにラッシャーの巻いたIWAベルト巻かしてやりたかったなあ♪
甚だ都合の良い質問でありますが皆さんの回答よろしくお願いします!!

閲覧数:
313
回答数:
3

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

enf********さん

2017/4/2514:36:19

国際が崩壊せずに存続し続けていれば…という「if」。
これは国際プロレスファンならば、そう夢想したことは一度や二度では済みません。

阿修羅原は国際のエース候補として入団当初からスター待遇でした。
おそらく、折を見てラッシャー木村からエースの座を禅譲されていたでしょう。

ただ、原の資質は他団体でも通用するものだったので、新日本が国際の切り崩しを図って原に移籍話を持ちかけてくることも考えられます。
ストロング小林、剛竜馬と既に2人、新日本に調略されていたので、国際側もそうはさせじと手を打つでしょうが、やはり全国ネットのTV中継があるとなれば、誘惑を退けるのも難しいかもしれません。

もし原が新日本に調略されたとなると、ラッシャー木村は筆頭に、業師マイティ井上が脇を支え、アニマル浜口が№3とする布陣を敷いてたと思います。
ただ、その一方で…新日本の向こうを張ってJrヘビー級戦線の立て直しに取り掛かったかもしれません。
(阿修羅原のJrヘビー級卒業後は、軽量級のテコ入れがされなかった)
81年4月からのタイガーマスク・ブームもあって、国際でもJrヘビー級のスター選手を誕生させようというプランが出ないとも限りません。
寺西勇は「和製エドワードカーペンティア」と称される業師ではありましたが、より空中殺法を駆使するスタイルのスターを…と時代が要求していたと思います。
国際所属でルチャリブレの経験者にはマッハ隼人がおりましたが、吉原社長はおそらく同じ階級で2枚看板の布陣で臨んだかもしれません。
2枚看板の利点は、シングルだけでなくタッグでも軽量級のマッチメイクの幅が広がる事。また、機を見て2枚看板同士で雌雄を決する事ができるマッチメイクもできるということです(無論、これに寺西勇を加えてnることもできる)。

すると、誰をマッハと並ぶ2枚看板に据えるかというと…
適任者は自ずと、そう、高杉正彦となります。
イキのいいファイトで前座を沸かせていたスネーク奄美は1980年の時点で脳腫瘍に侵されリタイアしていましたし、冬木弘道も素材としては良かったですが1980年デビューしたばかり。
おそらく、吉原社長が高杉に「メキシコとヨーロッパに行って来い」と海外修行に送り出し、経験を積ませてから凱旋させて何らかのキャラクターに変身させていたのではないかと思います。
もしかしたら、それがウルトラセブンではなかったかもしれませんが、何らかのマスクマンに変身させて子供ファンの受け皿にさせていたかもしれませんね。

1980年代半ばを過ぎても国際が存続していたならば、さすがに木村と井上に衰えが顕著になると思われるので、浜口、鶴見吾郎、そしてオーソドックスなファイトスタイルのエース候補としてアポロ菅原が浮上してきたかもしれません。
冬木はマッハ&高杉のアイドルスター路線を引き継ぐ形でのJrヘビー級のエースになっていたかも。
高杉は少しウェートアップし、マイティ井上と同じ路線での業師として浜口や菅原をサポートする立場になっていったのかもしれない。

…というのが、国際ファンとしての私の妄想ですw
なので、私は高杉の国際エースはなく、むしろ菅原にエースの目が出てくるという考えです。
ですが、オーソドックスな正統派の菅原を支える業師・高杉として、IWA世界タッグは腰に巻いてたかと思います。
高杉も菅原も、もし国際が崩壊していなければ、相応のポジションで出世していたであろうと私は考えています。
(新日本のJrヘビーの人気に迫れたかは別としてw)
そういう意味では、全日本に移籍後も馬場や天龍に可愛がられた冬木は、本当に特殊なケースなのだとつくづく考えさせられます。

  • 質問者

    ohh********さん

    2017/4/2517:45:16

    国際プロレスの詳しい分析ですね。体の大きい菅原やしぶとく生き延びる術と試合巧者だった鶴見も当然エース候補ではあります。鶴見のベビーフェイスというのは考え辛い面もあるけど。高杉は国際の頃にウルトラセブンの構想を持っていたのかなとふと思いました。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2017/4/26 05:11:50

国際愛溢れる回答痛み入ります。
新日本、全日本の企業戦争の巻き添えが国際の命運が早く尽きた原因でした。遅かれ早かれ崩壊はしていたけど、近年出た国際プロレスのDVDを見たりすると勿体なかったなあという思いにとらわれます。国際最後の羅臼大会は金網マッチで鶴見がメインだったというのも郷愁を感じます。その鶴見も菅原もリタイア。国際出身の現役レスラーは高杉のみとなりました。国際への思い5.3で聞いて来ようと思います

ベストアンサー以外の回答

1〜2件/2件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

tks********さん

2017/4/2513:51:40

当面は阿修羅を育てながら盛り上げていくという形なんでしょうね。

その間に高杉が安定した好勝負で観客を沸かせて、「高杉を挑戦者に!」という機運が高まれば、可能性はあるのではないでしょうか。

とにかく駒不足だった国際プロレス末期。ブレイクする芽があると判断されれば、吉原社長もとりあえず試してみると思います。

結局は、充実したファイトをして会場を盛り上げ、集客に寄与できるレスラーになれるかだと思います。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

sai********さん

2017/4/2513:19:39

こんにちは。

ご質問ですが、あの時代は、馬場さんとか、坂口さんとか、猪木さんとか、ジャンボ・鶴田とかの、日本人でも、身体の大きなレスラーがたくさんいましたよね。 さらに、馬場全日本には、大型外国人レスラーばかりが、トップを張ってた時代ですよね?

そんなシュチュエーションの中で、すいませんが、高杉正彦さんと言うのは、どうなんでしょうかぁ…。

さらに、高杉さんが、当時では珍しい、空中殺法の名手とかのキャラクターがあれば、また違うと思います。

また、そんな身体の小さなレスラーが、オーソドックスなレスリングをやってたのでは、実際の強い良いに関係なく、身体の大きなレスラーには、絶対勝てないと思います。


以上、すいませんでした。 けなしてばかりで…。

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる