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ファンタジーと純文学について。

kirusoodoさん

2017/4/2710:53:55

ファンタジーと純文学について。

僕は今、大学で創作ゼミに参加しています。
友人に誘われて入ったのですが、どうも自分がそこにいることに、違和感があります。

というのも、私はファンタジー(それはもう、今の若者が好きな感じの、異世界冒険ものです。)を書くのですが、ゼミの先生は純文学好きです。他の生徒は純文学を書いてくるので、皆を好評します。
ですが、僕のものを読むと、好評も悪評も言わず、「語りの文章は上手いけど......ゲーム」、とだけ言います。何というか、これは小説ではないと言うか...そんな感じです。

他の先生が開く創作ゼミでは好評され、オフ会メンバーにも褒められた作品を持って行っても、やはり結果は変わりませんでした。

同ゼミの親友はファンタジーでも、書き続けて、ゼミにいて欲しいと言うのですが、大学生活はラスト1年。このまま、違和感のあるゼミに残り続けるべきでしょうか?

次は、本当にやりたい長編ものの序章に、全ての思いを詰め込んで持っていくつもりです。それが、ゲームだと否定的に言われるのなら、そこは私とは目指す所が違う。と言って、ファンタジーをファンタジーとして読んでくれる仲間の元で書きたいから、ゼミを抜けようと思う私は身勝手な存在でしょうか?

ちなみに、ゲームという言葉は、もう一つのゼミでは、こんなゲームならやりたいという風に言われ、私にとって褒め言葉です。それが否定的に聞こえるのも、とても悲しいです。

補足ファンタジーと言いましたが、完全なラノベです。ゼミにはラノベと断ってから入りました。先生は純文学者ですが、ゼミで取り扱う内容は自由と聞いていたので。

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ベストアンサーに選ばれた回答

2017/4/2720:53:28

質問者さんはご存知だと思いますが、、ファンタジーなどの娯楽を中心とした大衆小説と、人間とその生き方を研究する純文学の境界は、かなり曖昧になっています。
ただし別な言い方をすると、境界は曖昧でもマクロ的に俯瞰すると、やはり娯楽と人間追求という両者の二集団はあります。

ご質問文を読みますと、質問者さんはファンタジー系の大衆小説を好まれている事が分かります。それならば周囲にその旨を話して、ご自身の希望に沿ったゼミを選択するのが妥当でしょう。

ただし蛇足ですが、いかにファンタジー系の大衆小説とはいえ、「人間」を忘れてはならないと思います。
これは決して純文学のような「人間とは何か。どういう人間的な生き方が大切か。」などというゴタイソウな姿勢ではありません。
ファンタジーでもそこに登場する人間や土星人や電子頭脳で動くロボットには、我々読者はただのモノとしてはとらえないでしょう。すべて人間としてとらえます。そこを頭に入れて創作や鑑賞に進むと、かなりの成果が得られると思います。
大学の教官でも、推理小説やミステリーの研究家もいます。文芸評論家でも、大衆小説家の吉川英治や山本周五郎の研究をしている人もいます。

「人間」を忘れずに、ファンタジーのゼミに移られる事をお勧め致します。

  • 質問者

    kirusoodoさん

    2017/04/3012:54:15

    確かに、人間については日々考える必要がありそうです。異常な世界だからこそ、しっかり人間を書く必要がある。そんな風に思っています

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質問した人からのコメント

2017/5/1 11:31:51

皆さん、ありがとうございました

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mogeyugeさん

2017/5/102:04:13

普通に好評な方のゼミに移ればいいように見えます。入ってみて、なんか違った、他の方が良かったなんて事は多々あるのですから、途中でゼミを変える事は普通で、全然悪い事ではないです。次に入るゼミが実際にはイマイチだったとしても、チャレンジしないで後悔するか、チャレンジして後悔するかでは、やって後悔の方が悔いが少ないでしょう。今の延長を望むより、ギャンブるべきでしょう。

私も、小説を書く仲間探しに社会人向けの教室に行ってみた所、純文学の塊みたいな所で毛色が違いすぎてテンションが保てずに辞めました。宇宙でワープの設定をどうすると科学的かとか、超能力をどう設定するかとか、そういう話がまったくできないんですから。純文学派はラノベな文章を否定的に捉える人が多いですが、擬音語のどかーんなどの使用や、会話文ばかりを多用して進む話なども、それはそれで理解しやすさや、話のスピード感やリアリティをかもす良さもある訳で、それ自体が邪道とは思いません。その辺りを理解してもらえなかったり、どんなストーリーに燃えるのか、萌えるのかでアドバイスが貰えないと、単純に文法的な指導しかしてもらえないです。正直、指輪物語だって、ナルニア国物語だって児童文学かもしれませんが、くくりは純文学系です。ファンタジー=ゲームではないですし、自己投影がメイン目的のRPGゲーム(プレイヤーが主人公気分)と、人物の内面や思想も含めたストーリーの鑑賞が目的のファンタジー小説(読み手は鑑賞する目線)では、求められる物は違います。

ただ、現実的には話の通じる同志は見つかりにくいです。そっちのゼミでもイマイチだったら、小説公開サイトや同人イベントとかで仲間を見付けた方が、見つかりやすいです。

qwei004さん

2017/4/3015:21:11

折角大学に入ったのですから、自分がどうしたいかで決めていいんじゃないでしょうか。
自分がやりたい勉強をするのが大学ですから、自分の目指すべきところと違うところから抜けようとすることが身勝手であるはずはないと思います。

ご友人が引き止める理由は何でしょうか?質問者さんの作品が否定的なニュアンスで「ゲーム」と評されている時、ご友人は何か主張をしているのでしょうか。
もしかしたらご友人も本当はファンタジーを書きたいのでしょうか。
もしそうではなく、単に一人が寂しいからという理由ならば、質問者さんは彼の寂しさを癒すために一年を費やすかということになってくるかと思います。

そもそもファンタジーだから純文学ではない、ということもないでしょう。
中島敦の「山月記」だって、芥川龍之介の「河童」だって、ファンタジーといえばファンタジーだと思います。
でも、おそらくそれらが純文学ゼミでゲームと言われることはないでしょう。なぜならファンタジックなストーリーでありながら読者にリアルに訴え、共感を呼ぶものがあるからです。
質問者さんの作品がゲームと評されるのは、もしかしたら純文学ゼミの人達が共有できない前提があって、彼らが素直に共感できないからかもしれません。
もちろん、それは純文学でも同様です。純文学には純文学ならではの前提があって、これを共有できないと読み手が落とし込めないところはあるかと思います。落とし込めないと物語の筋を追うだけで終わってしまうということはあるでしょう。

大衆文学としてのファンタジーと「山月記」や「河童」の違いは、予備知識がない人にも落とし込める構成、表現になっているかという点かと思いますし、ファンタジーという異質なモチーフを純文学で取り上げる時、いわゆる私小説的なものよりも、より高度なテクニックが必要とされるのではないかと思います。
それが大衆文学であれば、読者がわかっていることを前提に話を進めるので、表現にせよ構成にせよ、自ずと異なるものになってきます。

だから、大学生の場合、失礼な言い方になりますが、私小説もどきはむしろ書きやすいのではないでしょうか。純文学の前提には高等遊民のモラトリアム的な部分は多分にあるのではないかと思うからですが、ここは意見が分かれるところかもしれません。

もし質問者さんがゼミに残るのであれば、純文学の前提しか持たない読者をファンタジーで魅了するための表現力を磨く良い機会と捉えることもできるでしょう。
ただ、もし前提を共有できる人だけを相手に作品を書きたいならゼミに残る意味はないだろうと思います。

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2017/4/3011:05:41

簡単なのはゼミを離れることでしょう。これは良い悪いの問題ではなく、そもそも違うことをやっているからです。
実際「今の若者が好きな感じの、異世界冒険もの」というのは、本当にゲーム、良くも悪くもRPGですよ。ファンタジーと名乗ることにも疑問を呈したいくらいです。
あなたの作品を読んでいないので詳しくはわかりませんが、某投稿サイトを見ていても、「RPGの常識」みたいなものがまとわりついていて、まるで小説を読んでいる気がしません。
RPGの魅力と小説の魅力は別物です。ゲームシナリオやライトノベルなら後者は重要視されませんが、純文学では後者を100%突き詰めなければなりません。
ですので否定されるのは当然ですし、それで悲しむくらいならさっさと離れるべきです。

ですが、そうやって手放しに褒めてもらえる方へ動くのは甘えとも言えます。
先生に「どうすれば自分の作品も先生に認められるようになりますか?」と聞いてみましたでしょうか? たぶん「題材からしてダメ」とまでは言わないと思います。
どうしてもキツいことからは逃げなければなりませんが、そこまででもないのであれば糧にしてしまうことで、成長できるものではないかと思います。

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thepipe1234さん

2017/4/3009:32:56

いわゆるファンタジーにジャンルわけされる作品でも、文学として高く評価されているものが(数が多くありませんが)あります。たとえば、ル=グィンの「ゲド戦記」とか。村上春樹の作品のいくつかも、ファンタジーに入れておかしくないものがあります。

あなたは「ファンタジーVS純文学」の対立ととらえているみたいですが、もしかするとそうではないのでは? 先生は「ゲーム」っておっしゃったんですよね?

そこのところを、いまいちどお考えになるとよいと思います。

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カテゴリマスター

2017/4/2712:27:20

悩むまでもなくとっととかわるべき

才能って評価を受けるべき時に受けないと
伸びるものも伸びないからね
あなたが純文学的評価を伸ばしたいなら我慢する意味はあるけど
自分の目指す方向が違うと思うのであれば1分1秒を無駄にするべきではない

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