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武道の存在意義について 長文失礼します。 私は、小学生の時から父の虐待に...

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ID非公開さん

2017/4/3005:39:19

武道の存在意義について

長文失礼します。

私は、小学生の時から父の虐待に会い、
またそのせいでコミュニケーション障害を起こしたため、
学校でもいじめられました。

毎日家では父に暴力を振るわれ、学校に行けば同級生などに
面白半分に殴られたり蹴られたりしました。

そうやって暴力を振るわれ続けるうちに、
どうすれば今の攻撃を防いだりよけたりすることができるだろう、
などと考えるようになり、武道の本などを読んで研究したり、
同級生たちに隠れて独学で稽古するようになりました。

そして、中学高校くらいになると、私の動向が気になるようになったのか、
父は私の部屋の物やカバンを盗み見たり、ストーカー行為をするようになったので、
それに対抗するために今まで独学で学んできた武道を生かし、
尾行している人間を見つけたり、まく術を身に着けました。

小中高とそんな風に過ごしているうちに、
どんどん自分の武術は深まっていき、
暴力をかわすこともできるようになり、
武道は私にとって唯一自分を守ってくれる存在
であり、自分の才能であるように思えるようになってきました。

ところが、私がいじめっ子たちからの暴力を巧みにかわしたことにより、
私が武道を独学でやっていることがいつの間にか知れ渡り、
周りの奴らはひそひそと噂話をするようになりました。

そして、ある時、武道の有段者で、クラスでも人気者で女にもモテるやつがやってきて、
私に言いました。
「お前は自己流で武道をやっているのだろうが、才能がないのだから無駄た。
大体なんだその気持ち悪い風貌は。人に対して慇懃無礼な目を向けやがって。
武道をやっている人間の目じゃない。殺人でも犯す人間の目だ。
お前の本性は殺人犯だから、人を殺すためにそうやって訓練しているんだろう。
お前のような奴は社会のゴミだ。誰も受け入れたりしない。」

これが世の中なのかと思いました。
いじめられて、暴力を振るわれて、それに立ち向かうために武道を自力で研究していたのに、
いつの間にか自分が暴力をふるう側に仕立て上げられている。
人を殺すために武道を研究していたのだと周りから勝手に目的を決められる。

さっきまで私に暴力を振るってた奴が、自分が負けると思ったとたん非暴力を訴え始めて
私が悪者にされる。
そして、社会はそれに同調する。

学んだ技術を使っていじめられっ子をサンドバックにするような奴は
稽古も道場でしっかり教えてもらい、ちやほやちやほや周りからも人気で、

いじめられっ子がいじめに立ち向かうために武道を研究したら、
道場も「お前は礼儀がなっていない」というし、
周りからは殺人犯呼ばわりされるし・・・。

武道という物は、弱者が強者に立ち向かうための工夫だと思っていました。
そして、武道における礼儀とは、いじめを行うような不心得な人間に技術が
行かないようにするためのものだと思っていました。

ところが、現実は、いじめを平気で行う強者が「礼儀がある」とみなされ、
いじめられっ子や弱者は、「礼儀がない」とみなされる。
理由は、強者の方がは人付き合いがうまいし、弁舌も立つから。

はっきり言って、武道の存在意義が分かりません。
将来就職するにしたって、武道が仕事につながるかと聞かれれば、
ないに等しいですし、
暴力を振るわれても泣き寝入りしないと、下手に抵抗したら
犯罪者として社会から扱われるし。

わけのわからない強者にとって都合がいいだけの「礼儀」を押しつけ、
強者にだけ人を傷つけるための方法を教え、
暴力を正当化する武術はもはや存在意義などないと思いませんか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

sk1********さん

2017/5/103:30:57

現代社会において、武道とは直接的に相手を攻撃するための手段ではありません。
少なくとも言葉の定義としては「稽古を通じて人格形成を目指すもの」を指します。

そういう意味では、「弱者が強者に立ち向かうためのもの」ではないかと思います。

また質問文からは読み取れなかったのですが、実際にその方に暴力を振るわれたのですか?
仮にそうだとしたら、礼儀云々について、その人の理屈はちょっとわかりませんが、真っ当に武道を学ぶ物としては「他流試合禁止」が基本ですし、一般の場で理由もなく技を使うことは御法度だと思います。
そう考えると、その方はあまり褒められた人ではないでしょう。まあ、若い頃は技を見せたくて仕方ないひともいますので、その手の方なのでしょうか。

私は基本的に、「自己流で武道を学ぶ」ことは不可能だと思っています。
それは冒頭に述べたように、武道とは単なる殺傷技術ではないからです。

師や先達から学び取り、自分のものとするための創意工夫を行うことを通して、社会生活に活用できる数え切れないほどのものを経験します。そこに技術が加わって初めて「武道をやっている」と言えると思うんです。

ちなみに、「強い」と「上手い」の違いは考えたことがありますか?

「強い」人の多くは「上手い」人です。
器量がよかったり、人当たりが良かったりする人ですね。
そういう人は効果的に稽古を行えますし、人当たりがいいからいろんな人に教えてもらえます。
でも中には「強い」けど「下手」な人もいます。また「弱い」けど「上手」な人もいます。

質問文を見ていると、「強い」・「弱い」や意味の「ある」・「なし」などの二元論で話が進んでいます。
道場や教室でお稽古をしている人は、上に書いたようないろんな人の特徴をみることができますが、独学で学んでいるとそういうところが見えませんよね。

他の回答者さんもおっしゃっていますが、ひとりの人の影響を受けすぎている気がします。それもまた、視野が狭くなっている影響なのかもしれません。

武道の存在意義は、学ぶ本人が自分の中で感じ取るものだと思います。
私にとって武道は、人生で欠かせない一つの要素です。
存在意義がないと思うのであれば、質問者さんにとってはそうなんでしょう。

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    質問者

    ID非公開さん

    2017/5/420:01:25

    回答ありがとうございます。
    確かに視野が狭くなっているのは事実かもしれません。

    しかし、法治国家である日本では、暴力的な行為はすべて
    絶対的な悪として扱われます。
    だから、暴力的行為を突き詰める武道は、現代日本においては
    悪であり、必要ないものなのではないかと考えたのです。

    とはいえ、いじめなどの信じられない暴力的行為は強者によって
    常に行われているので、強者が行う暴力は正義で、
    弱者が行う暴力が悪であるということなのかも
    しれません。

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質問した人からのコメント

2017/5/6 19:29:55

私を見てわかるように、幼少期からいじめられて育っている人間というのは、
まともな人格形成をするのは難しいです。
そして、武道をたしなめばいじめられなくなるということではないようです。

武道を行っている人もそうでない人も、礼儀を考えるのならば、
相手に礼儀を要求する前に相手を少なくとも一人の人間として尊重することが大事だと思います。
そうすれば自ずと人をいじめようなどとは思わなくなるでしょう。

ベストアンサー以外の回答

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dea********さん

2017/4/3005:51:02

というか、礼儀が無いといってるのは一人だけ(しかもアナタをいじめてる人)であって
その一人の意見を全員の意見と捉えてるのは相当、頭イっちゃってると思います
正直、イジメられてるのもわかる気もします

その人の言うことを全てに真に受けてる時点でどうかと・・
いや、ホント マジで・・

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