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神風特攻 特攻隊員そのものについては美談やけど やっぱりこんなもんを...

nih********さん

2017/5/1517:15:52

神風特攻



特攻隊員そのものについては美談やけど

やっぱりこんなもんを普通に作戦に組み込んだ日本軍はキチガイやろ?

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coo********さん

2017/5/1614:47:08

引用・・・
戦後70年に向けて:いま靖国から/40 生き永らえた命令者
毎日新聞 2014年07月26日 東京朝刊 父も自決すべきであった」

陸軍特攻を総指揮した第6航空軍司令官、菅原道大(みちおお)中将は戦後38年生き永らえ、95歳の天寿をまっとうした。次男の童謡作曲家、故深堀道義氏は、それから18年、父の人生を考え詰め、自分も75歳の老年に達した2001年に本を書き、あえてこのような見解を世に表した。
父の生前は問題を避けていたが、没後、特攻遺族から「お父さんを絶対に許せない」とののしられ、真剣に向き合うようになった。
深堀氏の妻は「夫は義父を心から敬愛していました」と語る。遺族の怒りは無理もないが、戦後56年たっても尊父の戦争責任を総括しなければならないと決意した司令官の息子の苦渋もまた、いかばかりであっただろう。
第6航空軍は特攻生還者を福岡市の振武(しんぶ)寮に隔離し、参謀が「なぜ死なない」と責め立てた。公刊戦史にも出ていない施設だが、戦後58年過ぎて記録作家、林えいだい氏(80)の執念の取材により、実態が明るみに出た。
寮の管理者は、菅原中将の部下である倉沢清忠少佐。戦後は一橋大を卒業し、勤めた会社の社長に栄達して03年病没した。享年86。
生還者の報復を恐れ、80歳まで実弾入り拳銃を持ち歩き、自宅には軍刀を隠し持っていた。それでも「特攻は志願だった」と言い張り、慰霊祭など特攻の顕彰に熱心だった。
林氏は東京都内の倉沢氏宅を初めは半ば強引に、半年余りで都合4回訪ね、のべ20時間以上のインタビューを敢行した。福岡県・筑豊地方の林氏宅に残る録音テープには、今日流行する特攻賛美のきれい事とは裏腹な、送り出した側の本音があけすけに語られている。
例えば、学徒動員の特別操縦見習士官に比べ少年飛行兵は「12、13歳から軍隊に入っているから洗脳しやすい。あまり教養、世間常識のないうちから外出を不許可にして、小遣いをやって国のために死ねと言い続けていれば、自然とそういう人間になっちゃう」などと証言している。そんな暴言・放談がたくさん残る。
当初取材を拒んだ倉沢氏は、4度目には自分から林氏を招いて大いに語り、直後に倒れて世を去った。初めて重い荷を下ろしたのか。
誠の哀悼から死者を思い、魂を問い、霊性を聞くのなら、命じた者たちの応答は欠かせまい。今の靖国に、祭られた死者たちと生き残った者たちの対話はあるか。=次回は29日掲載<文・伊藤智永/写真・荒木俊雄>





きわめてまともな自衛隊の判断・・・強制か否かを問わず、このような部下に必死を命ずる命令は、受命自衛官に対する国家の生命権侵害となります。
引用・・・
自衛官と人権(本書2編5章 慧文社版6章)
《自衛官の生命権(特に違法命令と服従義務との限界)》
『質問1』
自衛官に対して憲法13条の生命権の保障を適用する前提として、任務に伴う具体的状況の対応にできるだけの装備及び法律上権限の付与を挙げ、戦時中の特攻出撃命令が現憲法下においては違憲であるとされていますが、任務達成(部分的達成を含む。)のために生還の見込みのない作戦を命じることは人権軽視とされるのですか?

《回答》
1.貴官のお考えのとおりです。人権軽視どころか国家の受命者に対する人権侵害行為であって違憲無効な命令と評価されます。
即ち自衛官に対して生還の見込みの全くない任務を付与し、その遂行を命じる命令は、受命自衛官の基本的人権たる生命権(憲法13条)を侵害する『重大かつ明白な憲法違反の違法無効な命令』となります。
そうすると、その命令は、自衛隊法57条の「上官の職務上の命令」と言えませんから、受命者に服従義務は生じません。なぜなら職務上における『職務』には、当然のこととして違法な職務が含まれていないからです。そうだとすると次のことが更に問題となります。

① 違法な命令を発令した上官の責任。
違法な命令といっても、その命令内容によってそれぞれ具体的に判断する必要があります。例えば後述する甘粕大尉事件のように「違法な殺人行為を部下に命じて実行させた。」というがごとく、命じてられた部下の行為が刑罰法令に触れることを認識して命じた上官の行為は、その刑罰法令を上官自体の行為と評価(共謀共同正犯の論理)され、その上官も刑事処分を受けることになります(実行者たる部下の責任は後述)。
また、旧軍の特攻命令の多くは、志願の形式を履んでいましたが、事実上は強制に近かったと言われています(文春文庫・高木俊朗著『陸軍特別攻撃隊』1及び2参照)。

そこで、強制の場合と志願の場合とに分けて、現在の日本国憲法の下で、このような命令が発令されたものとして法的評価を加えることにしましょう。

まず、強制か否かを問わず、このような部下に必死を命ずる命令は、受命自衛官に対する国家の生命権侵害となります。従ってその命令は、憲法13条後段違反として重大、明白な違法性を帯び、その命令の拘束力は覆り受命自衛官の服従義務は解除されます。

更に特攻命令が遂行されていた場合には、発令権者に刑事責任を問うことになるでしょう。そしてその裁判では、命令が発令された具体的状況をつぶさに審理検証して部下が抗拒不能であったかどうかの事実を確定します。

その結果、発令権者の絶対強制が認められる場合は、受命自衛官に対する殺人罪(刑法199条)、そこまではいかず彼に自由意志が認められる場合は、自殺関与罪(刑法202条)の刑事責任を科することになるでしょう。



責任を大西滝治郎海軍中将に、おっかぶせた軍令部は、「笑顔で、志願、志願」とシガンとちがって、わしゃシラン。
引用・・・
8月10日放映のNHKスペシャル「海軍400時間の証言 明かされた特攻の真実」を興味深くみた。番組はだれが・なぜ・何の目的で特攻を始めたのかを明らかにしようとした意欲的なものだっだ。
従来の説では大西滝治郎海軍中佐の発案だとされてきた。たとえば木坂順一郎著『昭和の歴史7 太平洋戦争』(小学館)は、特攻は「体当たり以外に方法がない、という大西滝治郎中将の提唱によってはじめられた。…特攻兵器は、人間を軽視または無視し、死の哲学で武装していた日本軍だからこそつくりえたものであり、連合国軍の将兵は特攻機を「自殺機」とよんでおそれた」と書く。
1944年10月のレイテ海戦から開始された特攻で死んだ若者は、敗戦までに陸海軍あわせて5000人以上だという。しかし軍令部は大西提唱のはるか以前から人間を特攻にする計画を建てていた。1943年8月の時点で海軍は、「必死必殺の体当り戦闘機」の開発を進めていた。番組で鳥巣海軍元中佐が証言している。大西のはるか前から回天も桜花も震洋も伏龍も建造していたのだから、特攻計画を知らないというのはおかしいと。軍令部は1944年8月に回天の特攻隊員を募集している。しかし、募集内容には「戦局打開の新兵器」としか書かず、人間魚雷であることは伏せていた。兵士を兵器にする特攻作戦は軍令部の組織的作戦として行われていたのだ。
そしてレイテ海戦での決定的敗北以来、海軍は特攻作戦に比重を移しその戦果を国民に報道してきた。しかも1945年1月の最高戦争指導会議では、軍令部により「1億総特攻」が提唱され、特攻で本土を守る作戦であった。しかしこの非人間的作戦がどんなに悲劇をもたらしたか。回天の敵艦命中率は2%だったというから、無駄死に以外のなにものでもなかった。
軍令部は特攻作戦については知らなかった、地方がかってにやったことだと一貫して責任回避してきた。なぜか。戦犯の追及を免れるためである。GHQの戦犯追及に対し、軍令部は裁判対策をしている。特攻は上の命令ではないと口裏あわせをしたのだ。そして関係書類をすべて焼却し証拠隠滅をはかった。番組でも軍令部が組織的に特攻に関与した文書はなかったとしている。当時の海軍関係者が発言している。「やましき沈黙」と。まちがっていると思っても、組織の空気に飲み込まれて口に出せなかったと。
20歳前後で死んでいった当時の若者たちの写真を見ていると涙がとまらない。こんな馬鹿げた作戦を計画して若者を死地に追いやった連中が、敗戦後も口をぬぐって責任逃れをし、日本の政財界に巣くってきたことに満腔の怒りがこみあげてくる。そして戦後の日本社会はこうした連中をのさばらせてきたのだ。田中克彦が『ノモハン戦争』で書いている。「私たちが、占領軍としてではなく、日本人として裁かなければならないのは、このような人物である。このような人物は、過去の歴史の中で消えてしまったわけでは決してない。今もなお日本文化の本質的要素として、政界、経済界のみならず、学界の中にまで巣くっているのである」。

  • coo********さん

    2017/5/1614:58:54

    日本軍の「キチガイ」の戦後

    富永恭二:航空部隊の指揮官として息子を特攻死させたが本人は最前線のフィリピンから台湾に逃亡、シベリアに抑留されるが天寿を全うする。

    菅原道大:後で自分も行くからとか言って特攻隊を送り出し、終戦時に部下から行きましょうって言われたら「特攻隊の慰霊するからやっぱ行かない」と却下、養鶏やりながら天寿を全う

    倉澤清忠:菅原の部下として特攻隊を送り出す。飛行機のトラブルなどで帰ってきたパイロットを監禁するスパルタ施設を運営。
    戦後は印刷会社経営、特攻隊の生き残りからの報復を恐れ常に拳銃を携帯。勿論天寿を全う

    黒島亀人:「変人参謀」と言われ数々のキチガイ作戦とキチガイ特攻兵器を立案。
    戦後は会社社長として何不自由ない暮らしを送る。なお、宇垣纒の手記(後に「戦藻録」として出版)を遺族から借り出し、自分に都合の悪い部分を破棄、「電車に置き忘れた」などと言い逃れる。当然天寿を全う

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yta********さん

2017/5/1612:18:28

いや「普通」に作戦に組み込んだという言い方はどうかと?
普通ではなく、どうにもこうにもならなくなった結果のヤケクソ作戦だろうと。
都市が次々焼け野原にされて、女子供が焼き殺されている。
ベテランパイロットはほとんど死んでしまい、やっと飛べるだけの新米ばかり。
普通に攻撃させてお爆弾を敵に命中させる腕がない。腕が上がるように訓練する燃料も時間もない。普通に攻撃に向かわせても、戦果は上げられず生きても帰らない。ならば体当たりさせるしかない。
キチガイではなく、それしかなかったんですよ。

xxx********さん

2017/5/1611:39:59

神話化したかったのでしょう

f_r********さん

2017/5/1611:33:59

だから戦争を始めて負けた。日本軍が特攻に踏み切ったのはフィリピンで通常攻撃よりも効果があった。ただそれだけの理由です。通常攻撃よりかはマシだろうというだけで何ら工夫もせずに繰り返した。同じやるなら連合国軍が対策を講じる前のつまりフィリピン戦で沖縄のような大量投入をやるか、フィリピンは諦めて沖縄で一挙に大量投入するかぐらいの策は講じるべきでした。アメリカが対策を講じ始めた沖縄であれだけの戦果を挙げられたのだから。
でも、当時の冷静さを失いつつあった上層部には無理だったでしょう。

z_x********さん

2017/5/1611:05:51

現代でこれができるのは北朝鮮とイスラム国だけ。

vox********さん

2017/5/1610:57:45

「永遠のゼロ」は読むな。特攻を商品化して大儲けした。

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