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小田急の急行相武台前停車がなくなった理由は何故ですか?

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ID非公開さん

2017/5/2123:04:50

小田急の急行相武台前停車がなくなった理由は何故ですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

st1********さん

2017/5/2410:52:50

皆さんが回答しているように日産自動車の座間工場が無くなってしまったからでしょうね。他の理由が見当たりませんし。

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pla********さん

編集あり2017/5/2417:05:16

急行の相武台前停車に関しては、知恵袋に寄せられる回答の大半が、日産座間工場の通勤を考慮した、とのものです。

しかし、相武台前の急行停車のきっかけは、戦後の進駐軍専用列車がアメリカからの独立により廃止されたことです。

都心と相武台前の間を通勤する軍関係者のために、一部の急行を相武台前停車にする措置が始まり、継続したわけです。
土曜には半ドン対応の相武台前発新宿行きの臨時列車もあったそうです。

なお、工場通勤者のための一部急行停車は、六会がありました。

乗務員支援装置のある現在と違い、快速急行等、停車駅の煩雑化が当時は問題になりました。
相武台前停車が残った理由の一つに、運転士・車掌に加え、相武台前は信号掛が信号を扱っていたことがありました。これにより誤通過を防ぐことがあると考えます。
しかし停車駅に例外のないほうが、乗務員だけでなく、お客様にも良いのでは?と思います。

ちなみに、登戸には信号所はありませんでしたが、急緩行選別装置には成城学園前~向ヶ丘遊園のみ、急行・緩行に加えて特急が設定されていて、急行の誤通過を防ぐことが出来ました。

kma********さん

2017/5/2217:46:59

日産座間工場の車生産部分閉鎖の為元々臨時停車のみだったのが廃止
(事業所は残っています、規模は半分以下ですが)
化け急として実質急行は一部あり

跡地はカレスト座間として広く使われていましたが、今は規模を大幅に縮小し、イオンモール座間が建設中

mas********さん

2017/5/2200:10:15

相武台前に停車していた急行には、大分して2種類がありました。
ただし、現在も「広義上の急行」(後述)は停車します。

①1970年代ごろに「土曜急行」が、名の通り土曜日の午後頃に運転されていました。当時は現在よりも、土曜日の午前中まで授業のあった学校が多かったようで、相武台前を最寄り駅としていた通学客が多かった事に応えた種別とみられます。

②1999年までラッシュ時に、日産座間工場への通勤客に応えた種別として、相武台前に停車する急行列車の設定がありました。しかし、座間工場の閉鎖にともないその需要がなくなったことや学齢人口の減少などで廃止となってしまいました。

尚、「広義上の急行」とは、町田以遠の各駅に停車する急行のことです。新宿駅では「急行相模大野行き」と案内があり、引き続き「各駅停車」として、本厚木・秦野方面まで運行されています。現在主にラッシュ時にあり、相武台前にも停車します。ただしこの列車は相模大野から先は各駅停車としての案内となっています。

sag********さん

2017/5/2123:59:04

日産座間工場が生産をやめたからですね。

相武台前停車は日産への通勤客への便宜を図ったものでした。

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