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元ロッテの右田一彦投手の資料出来るだけありますか?

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ID非公開さん

2017/7/213:56:23

元ロッテの右田一彦投手の資料出来るだけありますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

2017/7/321:23:26

右田一彦投手

1982年「大洋時代」
・右田という男の中に「プレッシャー」という文字はないのかもしれない。
オープン戦での初先発「2月28日、対・日本ハム戦」を控えた前夜、右田は宿舎を抜け出し、静岡市内のパチンコ店にいた。それも足元には、タマがぎっしりつまった「千両箱」をおいて、だ。「明日は横浜へ帰るでしょう。いくらパチンコといえども負けて帰るのはイヤだから・・。」結果は7000円ほどのプラスと大成功。胸を張って宿舎に引き揚げるとそのままフトンにもぐりこんでグーグー、たっぷり眠って翌日の登板にのぞんだのだった。この試合、3回を投げ被安打3、2回
二死から昨年まで大洋にいた岩井に1,2塁間を破られ無念の1失点となってしまったが、他のイニングは共に三者凡退、チラリ大物ぶりをのぞかせた。心配そうにドラフト1位指名選手をみつめていた湊谷スカウト部長は「コンディションが、もうひとつよくなかったんじゃないかな。アマチュア時代のベスト時と比べるとまだ、スピードがかなり物足りないですね。アイツの力はこんなものじゃないですよ」という。ところが、右田本人はケロッとしたもので「内容としてはまあまあじゃないですか。合格点だと思いますよ。緊張?紅白戦で投げているのと同じですよ」。スカウトの心配顔など全く関係なし。強心臓ぶり、落ち着き払った態度は間違いなく「一軍合格」だ。もっともキャンプの途中、入団早々に「放言ルーキー」とか、「しゃべりだけは超大物」といわれた「放言グセ」がカゲをひそめたときがあった。「ボクって、そんなにずうずうしいことをいっていますかね。確かにスポーツ紙を読むと、すごいことしゃべってるようにみえますが、決してあの通りじゃないですからね。周囲のことも考えると気にはなりますよ」。
あまりにも「心臓男」だの「ずうずうしいヤツ」などと書かれ、さすがに先輩選手たちに気をつかったのである。だが、オープン戦の九州遠征「3月6日・佐世保、
7日・長崎」で、関根監督から、どっちで登板したい?と聞かれ、「実家の熊本に近い長崎がいい。友人も大勢駆けつけると思うし・・。」ルーキーながらみずからの先発希望。実はこれが決まったのが自主トレ初日の1月18日のことだった。それを約2か月後には実現してみせる。やはり並のルーキーとは一味違うようだ。

1984年「ロッテ時代」
・3月3日に熊本県藤崎台球場で行われた巨人とのオープン戦で、右田はプロ3年目にして初のご当地登板する予定だったが、これが急きょ、取りやめになった。右田の実家から藤崎台球場までは車で5分ということもあり、両親はじめ兄弟、知人などを合わせて20人近くが右田を応援にやってきたが、ついに出番なし。稲尾監督は
「熊本は右田の出身地だから二番手で投げさせるつもり」と前々から公言していただけに、右田も拍子ぬけしたようだが、ところが右田の巨人戦での登板が中止になったのはロッテ首脳陣の㊙作戦だった。「右田は大洋時代と変わり、スローカーブをなどを交えて、ピッチングに幅ができ、投球術も格段に進歩した。いまはロッテの秘密兵器的存在なので、パとの試合はもちろん、テレビ中継のある巨人戦にも出したくなかった」・・・佐藤投手コーチ・・というのが真相だった。
これを聞かされた右田は「せっかく、みんなが来てくれたのに、投げられなかったのは本当に残念ですけど、秘密兵器ということなら嬉しいし、やり甲斐もあります」と新たな意欲を燃やしていた。

・「ホラ吹き右田」が12月5日の契約更改で40パーセントアップの680万円を不満として、サインを保留した。今季は先発、リリーフにと6勝4敗、2セーブの自己最高成績をマーク。「最低でも700万円以上だと思った。900万円なら押すつもりだった」と、プロ入り以来初めて、一発サインを拒否した。
この日、右田が契約更改を終え代表室から出てきたときは、信じられないという表情だった。「監督査定では評価が高いというので、800万円くらいを提示してくると思った。完投じゃなきゃ評価しないというけど、リリーフしなけりゃ、もっと勝ちましたよ」と憤慨やる方なしといったところだ。1984年、今季の右田は4月5日の西武戦で完投でプロ初勝利を挙げると、勢いに乗り6勝。8月5日の阪急との天王山対決ではロッテの逆転優勝へ望みをつなげる好リリーフ。結果的には優勝は逃したが、右田には十分に働いたという信念がある。だから「数字でいわれたらキツいけど、もう少し1勝の重みを考えてほしい」と訴えた。右田は12月17日に、フェリーで故郷の熊本に帰る。美子夫人「26歳」と2月に入籍し、3月には長女が生まれたが結婚式は挙げてない。今季は念願の初勝利も飾ったので「1年遅れだけど、故郷で披露宴をやるつもり」なのだ。そのためになんとしても、1000万円プレーヤーとまではいかなくても、それに近い年俸をもらう投手として故郷に錦を飾りたいというのが本音だ。「低い次元で争って恥ずかしい」とまでいった、「ホラ吹き
右田」の第2回目の交渉がどうなるか、興味深い。

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質問した人からのコメント

2017/7/3 23:54:15

うはああああ

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