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正岡子規の孫弟子にあたる種田山頭火についてです。 種田山頭火の自由律俳句につ...

正岡子規の孫弟子にあたる種田山頭火についてです。
種田山頭火の自由律俳句について、
もし正岡子規が存命ならばどう評価していたと思われますか?
忖度をお願いします。

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回答数:
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ベストアンサーに選ばれた回答

2017/7/723:27:11

正岡子規は主張が強く、また多方面に興味を持っていた人でした。俳句だけでなく短歌などにも興味を覚えた人でした。従来の固定した伝統に一石を投じもしましたが、自分でも良いと思う伝統や流れには寛大だったと思います。

その子規が種田山頭火の自由律俳句世代に存命でしたら、「自由律俳句には価値はある。しかし俳句という文字はつけるな。短詩だとか自由句だとか、気の利いた名前の発想をしてみろ。季語には無論こだわらなくて良い。」と意見したと思います。

自由律俳句は私にとって何とも言えない思いが交差します。五七五でないから俳句でなくて詩かと思いました。しかしいくつかな作品を読むと確かに詩より俳句の趣があります。

子規は種田山頭火の自由律俳句だけでなく、山頭火の行動や人生そのものにも好感を持ったと思います。

質問した人からのコメント

2017/7/12 21:43:14

ありがとうございます!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

zhu********さん

2017/7/710:17:34

子規は江戸期から続く(金銭の絡む)月並み誹諧からの脱却を意図していただけのことで、将来に自由律俳句のグループが出来ることは想像すらしなかったことです。そんな子規が自由律をどう思うかという架空の話をしても無意味です。話についていけないでしょう。

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