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徳川斉昭は”アホタレ”だったのでは?

kon********さん

2017/7/1310:47:33

徳川斉昭は”アホタレ”だったのでは?


攘夷を掲げ、結果的にはアホタレの意思を忖度して脱藩した旧水戸藩士たちに、国際情勢を熟知していた老中の井伊直弼を暗殺させましたが、同じく”攘夷”を掲げた薩長による軍事クーデターが成功した後、薩長閥によって編成された明治新政府は改めて国際情勢を知り(知ってて知らないフリをしていた)、徳川幕府が行おうとしていた開国や外国との交易に邁進しました。
最後の将軍となった徳川慶喜も、議会制への移行を考えていたそうであり、薩摩、長州、土佐ならびに水戸なんて、今から見ればアホタレの集まりだとしか思えません。
あの内戦では、戊辰戦争から西南戦争に至るまでに、約3万人もの戦死者を出していますし、会津戦争に至っては、正に悲劇としか言い様が有りません。
徳川斉昭が国際情勢を熟知していたら、御三家で常江戸在府の立場から、もっと穏やかな改革が出来たのではないかと考えます。

徳川斉昭は”アホタレ”だった!!

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ベストアンサーに選ばれた回答

izu********さん

2017/7/1312:19:09

アホタレでは言っている人がアホタレにみえてしまう。

徳川斉昭は日本史を偏狭な儒学的イデオロギーで評価する過ちを犯し、対外的に広い視野が必要な幕末の日本で偏狭な思想のテロリストたちに正当性を与えて、有為な人材を失わせてしまった、アホなジジーだ。

質問した人からのコメント

2017/7/13 21:54:32

>対外的に広い視野が必要な幕末の日本で偏狭な思想のテロリストたちに正当性を与えて、有為な人材を失わせてしまった、アホなジジーだ。

特に「アホなジジー」に感服しました。
有り難うございました。

尚、余談になりますが、我が先祖は幕臣でしたが、テロリストたちによるクーデター(維新なんて言いたくない)のお蔭で失業しましたし、家・屋敷も取り上げられました。

ベストアンサー以外の回答

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jj8********さん

2017/7/1312:48:18

後半部分は同意出来ます、挙げた部分以外でも攘夷思想の成れの果てが太平洋戦争です。

ただ前半部分は賛同出来かねますね。
徳川斉昭と井伊直弼、表立っては将軍継子問題での対立、真の理由は幕政を司っていた譜代と除外されていた親藩及び外様の対立です、要は彼等にとって攘夷やら開国やら鎖国続行なんていうのは政治的に利用しただけです。

徳川斉昭は攘夷思想に心酔していた訳では無く、攘夷論者達によって藩主に擁立された事で彼等の意見を容認していただけです、もちろん政治的に利用もしております。

井伊直弼にしても本来は安易な無勅許での条約締結は望んでいなかったのをご存知でしょうか?では何故望んでもいない事を断行してしまったのか、それは幕府内の開国派を味方にする為です。
国際情勢に熟知していたのであれば、何故にあの様な不平等条約を締結してしまったのか疑問です。

血を流す事は絶対的に反対です、しかし徳川主導の政体でしかもあの様な不平等条約下での国家運営、果たしてどの様な結果をもたらしたのでしょうか?
私は現在の日本にはそれなりに満足しております、もちろん過去に多くの血が流れた結果だと認識しての事です。

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