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バルザックの人間喜劇における人物再登場法、たぶん今までも多く議論されたかのか...

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ID非公開さん

2017/7/1820:47:26

バルザックの人間喜劇における人物再登場法、たぶん今までも多く議論されたかのかなと思いますが。

それにしてもこの手法、凄すぎます。

長い人類の歴史の中でこのことに気づいたバルザックは史上希有の天才の一人ですね。(私は研究者ではありません、単に読書が好きな愛好家です。)

物体に光を当てるとそれが造り出す影が光の当て方によって円になったり三角形になったり四角形になったりすることがあります。また当てる光が強ければ影が濃く、弱ければ薄くなります。
日常、私たちが他者を観測するのも全く同じです。ある人物についての印象は時、場所、場面によって(視点によって)大きく変化します。さらに他者の印象が自分の印象とは全く異なることの驚かされることも少なからずあるかと思います。このあたりまえのこと、分かりきったことに気づき作品に実践する人こそ本当の天才だと思います。(小難しいこと並び立てて煙に巻く人はとても本当の天才だとはとても思えません。)

私も最初は気づきませんでした。人物再登場法?最近の推理小説のシリーズで主人公はもちろんその周辺(助手、仲間、刑事、犯罪組織等)、全部再登場じゃないかって。
それはもちろん人物再登場に違いありませんがバルザックの人物再登場とは大きく異なります。ある作品では希望に燃え、将来に向かって躍動する若者が他の作品では全く凡庸な野心だけの人物に描かれています。つまり視点が異なっているのです。

以上は私が人物再登場法について思っていることで、これが絶対的な人物再登場法だと言っているわけではもちろんありません。

そこで、この人物再登場法についてバルザック以降(もちろん以前でもかまいませんが)駆使した作家並びに作品を教えて下さい。また、この人物再登場法について述べたもので素人でも理解できるものを教えて下さい。(あまり学術的なものは理解もできないですし、たぶん入手も容易ではないでしょう。一般受けのものでということで)
マイナーな質問で申し訳ありませんがご教示いただければ大変ありがたいです。
よろしくお願いします。

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ベストアンサーに選ばれた回答

ota********さん

2017/7/2220:52:18

僭越ながら回答させていただきます。

1.人物再登場を駆使した作家について

バルザックが発明した人物再登場の技法を取り入れた作家といったら、ゾラ以外では、アメリカ人作家のフォークナーを思い出します。

フォークナーの人物再登場は、時間と空間を神話的に立体化する働きのほかに、作品に登場するさまざまな門族を実体感に満ちた有機体として根づかせる働きをなしています。この作家は、作中人物の行動原理として、階級よりはむしろ、家族にたいする誇りや祖先への畏敬の念といった門族的要素を重視しました。また、さまざまな一族の没落を通してアメリカ南部の衰退を描いたことも彼の持ち味のひとつであり、そのことからも、一族を構成する人物たちの有機的なつながりを再構築する手法は、作品群の世界観と不可分であったろうと考えます。

再登場の興味深い例として、次のようなものがあります。『響きと怒り』の主人公コンプソン・クェンティンは、妹と地獄の業火に焼かれてしまいたい、という屈折した心を持つ青年なのですが、ついにはコートのかくしに石を詰めこんで、冬の川底へと謎の入水自殺を遂げます。この作品の後に書かれた『アブサロム、アブサロム』は、サトペンという貧乏白人の息子が南部貴族にのし上がる話ですが、自殺する前のクェンティンが語り手として物語に登場します。彼の祖父がサトペンと知り合いだったので、詳しい話を知っていたのです。『響きと怒り』のなかで浮上した問題は、『アブサロム、アブサロム』では一切触れられることはありません。しかし、前者を意識しながら後者を読むと、物語を語るクェンティンの姿が、あたかもギリシャの悲劇のように、死者が亡霊として黄泉がえり、思いのたけを吐露しているように見えてきます。

ところで、クェンティンの祖父というのは『アブサロム』では、「お祖父さんが言うには」という形で、名前ばかりが何度も登場します。実物が登場するのは、短編集的な長編『行け、モーセ』のなかの『熊』という作品(章)においてです。この『行け、モーセ』という短編集的な長編はマッキャスリン家というまた別の一族の何代にもわたる物語で、南部人の直系男子に対するこだわりや、南部の呪い(黒白交雑)の問題が扱われています。ある作品(章)で、生き生きと描かれていた人物が別の作品(章)では、昔人として、まるでレリーフのように描かれています。

新潮社から出ている『フォークナー短編集』にも、登場人物の再登場が見られます。『あの夕日』(クエンティンの一家)、『孫むすめ』(サトペン)、『赤い葉』(前述の『行けモーセ』の『昔の人々』に出てくるインディアンの血を引く人物の祖父(酋長)が出てきます。)


2.人物再登場法について述べたものについて

分かりません。


3.その他

マーク・トゥウェインのハックルベリーは「再登場」なのか「スピンオフ」なのかよく分かりません。シリーズとはぜんぜん違うと思いますけど。

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質問した人からのコメント

2017/7/22 22:17:49

懇切丁寧なご説明、ありがとうございました。
大変参考になりました。
フォークナーは未だ読めてない作家でした。
ご教示頂き、早速読んでみたくなりました。

別の方のプチ情報も面白かったです。
読んで思わず笑いました。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

aih********さん

2017/7/2023:23:48

そこまで詳しくないですが。。
訪ねてきた病気の友達にバルザックは医者を教えたのですが、
医者は登場人物でそんな医者は存在せず、さがした友達は行き倒れて死にました。
また原稿代金のかなりがコーヒー代金に消えました。

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