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父方は浄土真宗、母方は禅宗です。 世間の常識では苗字を継ぐのと同様の感覚で母...

war********さん

2017/9/523:59:37

父方は浄土真宗、母方は禅宗です。
世間の常識では苗字を継ぐのと同様の感覚で母も子供である私(独身)も弟家族も父方の宗派、つまり浄土真宗で、死んだ場合は葬儀をしなければいけないそうです

がなぜなのでしょう?
宗派を変えることはできないのでしょうか。
私が浄土真宗以外の宗派に興味をもち帰依する気持ちが強ければ回りも反対はしないかもしれません。
しかし、私が宗派を変えたい理由は教えの中身ではないのです。
父方の祖母の葬儀でなんとなく浄土真宗の坊さんに坊さんらしさが感じられない、だらしないと感じ、あんなとこに任せて大丈夫か?と感じたからなのです。
そのように感じたのは坊さんなのに髪の毛をのばしてたり、葬儀場で履いてるのが会場(JA会館)にある普通のゴムのスリッパ、お経を唱える声もムニャムニャしてて声が小さいためかマイク使ってるし、極めつけは、私が考えてる普通の死者を送り出す方法は、まず葬儀場に遺体を安置し、坊さん来場でお経をあげて、葬儀の終盤で遺体にみんなでお別れの挨拶をし、その後、火葬場へ、という順番で考えていましたが、葬祭場に行ったらすでに祖母は骨になってて葬儀の前に火葬を済ませた、その方が坊さんのスケジュールに合うので、などという話でした。全体的にテキトー安直な感じがしました。
母方の祖父母(禅宗)では坊さんは文字通り坊主頭で高校球児よりさらに短いというより完全に剃った状態で履き物もなんというものなのかはわかりませんが普段見る靴とかスリッパではないいかにもといった感じの履き物で、お経も腹から大きな声を出してマイクは使わず、とにかく全体的に気合いの入ったお坊さんで真面目さ一生懸命さが伝わってきました。
母方の祖父母は金持ちでもないし、地元の名家というわけではありませんただの農家で寺にしてみれば普通の檀家なはずです。特別に金をかけた葬儀ではありませんでしたが、坊さんの仕事ぶりに感じ入りました。
私は浄土真宗や禅宗などそれぞれの教えについて勉強したことがないのですが、おそらくどの宗派もそれぞれありがたいものなのだろうと推測します。しかし、葬儀場での坊さんの仕事ぶりを見て禅宗に変えたほうがいいのではと考えるようになりました。
父と母は仲が悪く私も弟も父を慕ってませんので父は父方の浄土真宗でいいにしても母と私の代からは、(弟家族は自由ですが)禅宗に変えたいと考えるようになりました。
ハワイに行くのにいろんな旅行会社があり、ここの旅行会社じゃないとハワイにいけないなどということはないのと同じように、宗派いろいろありますがどの宗派も目的地は極楽ということに変わりないと思います。変えられるものなら変えたいのですが、一般論では非常識でしょうか?バチ当たりでしょうか?
父は次男ですので、父が初代、私が二代目です。墓は寺の敷地内ではなく住宅地外れの分譲霊園で父も母もまだ健在ですが誰も入ってない墓を既に買ってる状況です。
つまり私の考えを実行すると、この墓に浄土真宗の父と禅宗の母と同じく禅宗の私の代以降の家族が入ることになるのですがそういうことは可能でしょうか?

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but********さん

2017/9/608:17:34

浄土真宗は、半僧半俗と言いまして出家僧ではありません。
霊を否定している所から、死者や先祖霊に対しては無関心です。
葬式も回忌も至って恭しい作法を持ちません。
仏壇にお骨壺を置くと嫌がられます。

そこで貴方の問題ですが。
お父様が分家初代であるならば、家宗旨も家紋も白紙のスタートに成ります。
二代目の貴方のお考えが、浄土真宗以外にお気に入りの宗派が有れば、そことのお付き合いを深めて行っていただければ構いません。
お父様から、他宗旨に変更して出発をするのです。
父母の宗旨が違う事は避けます。
違った宗旨の作法を承継する訳にはいかず混乱します。
貴方が、禅宗をお気に入りであるならば、お父様のご葬儀は禅宗で行く事です。

貴方がお気付きのように、私も浄土真宗の姿かたちが好きではありません。
宗派の中で、禅宗の僧侶こそ一番であって、我々の世界とは違う空間を会得なさっており正しく仏道の行者を感じます。

質問した人からのコメント

2017/9/10 00:52:21

ありがとうございました。
儀式は面倒くさいとか科学的には迷信にすぎないという考えもあるかもしれませんが、私は普段の生活はきわめてズボラでいいかげんなのですが、やはり結婚式や子供が産まれたりといった慶事、逆に人が亡くなったりといった不幸な出来事ではちゃんとしたことをしなければいけないというふうに考えてるものですから、真面目でしっかりしたお寺にお願いしようと思います。

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you********さん

2017/9/716:52:02

お釈迦さまは、後生旅だった後のことは手遅れですから教えておられ
ません。大変な長文になりますが大事なことですから最後まで
お読みください。

仏教の教えを漢字四字で示せという問題が出たら、
『抜苦与楽』とか『破闇満願』です。死後のことはもう手遅れなのです。
「苦」とはこの世の苦しみです。「闇」とは生まれてきた目的も分か
らず、私ほど業なものはいないと苦しんでいる心の闇です。


僧侶が墓や法名、遺影、位牌を前にして、読経しているのは死んだ人
のためにやっている行為です。お釈迦さまは一切そのようなことは
されませんでした。

お釈迦さまが死人を集めて説法されたと思われますか?
お釈迦さまの説かれたお経の最初には必ず、下記のどちらかが最初に
書かれています。

〇「我聞如是」……我、是の如く聞けり
〇「如是我聞」……是の如く、我聞けり
いずれもお弟子が「お釈迦さまよりこのように聞きました」と
書き記したものです。
これでお分かりの通りお釈迦さまは生きた人に話をされたことが明白
です。


ある時、お釈迦様に一人の弟子が、「死人のまわりで、有難い経文を
唱えると、死人が善い所へ生まれ変わるという人がありますが、本当
でしょうか」と尋ねたことがありました。

その時、お釈迦さまは黙って小石を一個拾われて、近くの池に投げら
れました。
水面に輪を描いて沈んでいった石をお釈迦さまは指さされてこう反論
されました。
「あの池の周りを、石よ浮いてこい、浮いてこいと唱えながら回れば
石は浮いてくるであろうか、
石は、それ自身の重さで沈んでいったのだ。人間もまた、自業自得に
よって死後の果報が決まるのだ。
経文を読んで死人の果報が変わるはずがないではないか」
というのがお釈迦様の教えです。

読経や儀式で死者が救われるという信仰は、もともと仏教にはありま
せんでした。
それどころか、そんな迷信を打ち破って、生きている時に、本当の幸
福、絶対にくずれることのない幸福の身になりなさいよと教え説くの
が仏教なのです。

浄土真宗の開祖、親鸞聖人のお言葉に
『親鸞更に珍しき法をも弘めず、
釈迦如来の教法を我も信じ、
人にも教え聞かしむるばかりなり』と仰っていました。

親鸞聖人の御遺言から知っていただきましょう。改邪鈔にこんなお
言葉が遺されています。

「『某(それがし/親鸞)閉眼せば賀茂河に入れて魚に与うべし』と云
々。これ即ち、この肉身を軽んじて仏法の信心を本とすべき由をあら
わしまします故なり。
これを以て思うにいよいよ葬喪を一大事にすべきに非ず。最も停止
すべし」
意訳
肉体の葬式に力を入れずに、魂の葬式、すなわち真剣に仏法を聞い
て本当の幸福、信心獲得(しんじんぎゃくとく)に最も心掛けよ」
※『改邪鈔』覚如上人:親鸞聖人の曾孫さん。

『歎異抄』第五章
『親鸞は父母の孝養のためとて念仏一辺にても申したること未だ候わず』
意訳
「親鸞は、亡き父母の追善供養のために、一声の念仏も称えたことが
ない」
この「念仏」の中には墓の読経、葬式、法事、位牌の供養など死者に
対する儀式一切が含まれています。

親鸞聖人が阿弥陀仏に救われられたのは二十九歳の御時です。
それまでは比叡山で天台宗の僧侶として亡きご両親の追善供養に誰より
も励んでおられましたが法然上人より弥陀の本願を聞かれ、阿弥陀仏に
救われられてからは、追善供養の間違いがハッキリ知らされたのでそれ
以降は一切されませんでした。
弥陀の絶対の光明に救い摂られたら我々が供養なんかできるようなもので
無いことを徹底して知らされられたからです。

葬式、法事、読経、墓の建立が死者に対する一番善いことだと世間中の
人が思っていることに対する親鸞聖人の警告のお言葉です。

墓、仏壇位牌などに死者の霊が来られるものでは絶対にないと、世間の
俗信を打ち破っていられます。

弥陀に救われている人は、死ねば浄土へ生まれて大活動するから、当然
墓石の下、仏壇位牌などにはいないし、救われていない者は、後生、永く
苦患(クゲン)を受けねばならないから、これまた墓に集まることなどでき
ることではありません。
亡くなった人の霊が墓石に集まってこられるものではないことを、仏教
では明らかに説かれています。

親鸞聖人は、御臨末に、
『我が歳きわまりて、安養浄土に還帰す』
意訳
「今生の終わりが来たら、私は弥陀の浄土へ帰る」と仰っています。

墓や葬式などを問題にしておられません。平生、弥陀に救われた人に
とっては、墓や遺骨など問題にならないことなのです。
まず、私たちが親や先祖の恩に報いようとする時は、親の最も喜ぶことは
何か、先祖の最も望んでいることは何かということを、よくよく考えるこ
とが第一です。

世の親たちが、子供たちに望んでいることは様々だと思いますが、煎じ詰
めたところ、「子供たちよ、正しく生きてくれ、真の幸福になってもらい
たい」と希求しているのではないでしょうか。
それは、あえて亡くなった親や先祖を呼び出して聞くまでもなく、私たちが
子孫に切望することは唯一つ、「正しく生きよ幸福になれかし」というこ
としかありません。
このことを知れば、私たちが正しく生きて、真の幸福になることが、最も
親や先祖の喜ぶご恩返しになるのです。

では正しく生き抜くには、どうすればよいのか。真実の幸福になるには、
どうすればよいのか。
釈尊は、それには本師本仏の阿弥陀仏の本願を聞信するしかないことを
生涯、教え続けてゆかれました。

阿弥陀仏の絶対の救いにあずかり、死んでよし生きてよしの、大安心、
大満足になって、苦悩渦巻く人生が光明の広海と転じて、明るく強く、
たくましく生き抜かせて頂く身になることが、最も親や先祖の喜ぶことで
あり、ご恩に報いることになるのです。それ以上の、先祖に対する供養も
親孝行もないのです。
この最も大事なことを忘れて、葬式や法事ばかりに力を入れているのは愚
かなことです。しかし、読経や葬式法事が死人のためになると宣伝して、
生活の糧にしている人たちから猛反発されるのを恐れて、誰も明らかに
しませんから、遺族の人情も後押しして、世間の根強い迷信となってしま
ったのです。

では葬式法事読経は、全く無意味なことかと言いますと、それは勧める人
の精神の如何にかかっています。読まれたお経や正信偈に説かれている教
えを聞かせて頂いて
ますます、弥陀の救いを求めなければならないことを知らされてこそ意味
があるのです。
死んでしまえば、生きている者が、どんなに騒いでも、どうすることもで
きないのです。

くれぐれも死んだ人の霊が墓や仏壇の中に来ているとか、位牌は死んだ人の
魂が宿っているとか言っている人がほとんどですがみな迷信です。
寺の副収入にしているだけです。

ご参考に!

最後に宗教にとってもっとも大事なことは「本尊」です。
だからどんな家でも、その家のもっとも大事な部屋に安置します。
特に親鸞聖人の教えられた浄土真宗の御本尊は「木像」「絵像」「名号」
とありますが、

西本願寺系「龍谷大学文学部真宗学科教授:川添泰信氏(肩書:司教)」が
『イラストで知る浄土真宗』の本の中に
「本尊は御名号、木像は間違い」と書いています。肩書は本願寺公認
です。
これは大変なことですよ。浄土真宗がひっくり返るような一大事!です。

全国の寺、西東はじめ真宗十派寺院の本尊は「木像」です。全部、
親鸞聖人の教えに反した本尊ですよ。

浄土真宗の正しい御本尊は「名号」でなければならないのです。
その根拠をお示し致しましょう。ちょっと難しくなりますがよくよく
しっかり、読んで下さい。
親鸞聖人ご自身、生涯、名号のみを本尊とせられています。
また弟子や同朋たちにもお勧めになったという事実は、種々の記録に
よって明らかです。

【改邪鈔】(聖人の曾孫さん:覚如上人)
「本尊なおもって『観経(観無量寿経)』諸説の十三定善の第八の
像観より出でたる丈六八尺随機現の形像をば祖師あながちに
御庶幾御依用にあらず。天親論主の礼拝門の論文、すなわち
『帰命尽十方無碍光如来』をもって真宗の御本尊とあがめましましき」
簡単意訳
親鸞聖人は、生涯、木造や絵像を本尊とされず、名号を御本尊と
なされた。
これは、親鸞聖人が木像絵像を本尊とされず、名号のみを真宗の
御本尊となされたという、覚如上人のお言葉です。
そのほか、『慕帰絵詞』の中に、
「他の本尊をばもちいず、無碍光如来の名号ばかりをかけて、
一心に念仏せられけるとぞ…」
意訳
親鸞聖人は、絵像、木像を本尊とされず、名号ばかりを掛けて
御本尊となされた。
と記されていることでも明白です。

また、『弁述名体鈔』の中に存覚上人も、
「みな弥陀一仏の尊号なり」(弁述名体鈔)
意訳
親鸞聖人の礼拝された御本尊は、みな南無阿弥陀仏の名号で
あった。
と、その事実を裏付けておられます。
何よりも明らかなことは、聖人ご真筆の名号が幾体も現存
しているということです。
これら、ご真筆の名号には、蓮台を描き
「愚禿親鸞尊敬信尊号」と明記され、裏書には「方便法身尊号」
とありますから、聖人ご自身が本尊として、敬信なされていた
ことは明らかです。
それはただ聖人のみではなく、直弟子たちにも御本尊として
授与されたことも推測されます。

しかもこのように、木像や絵像本尊を排して名号本尊となさ
れたのは、親鸞聖人が最初であったのです。

これは決して、時代背景とか、住居の影響とかというような、
枝葉末節の問題で聖人がなされたものでは断じてないのです。

親鸞聖人が名号を本尊となされたのは、実に仏教の至極である
釈尊の「本願成就文」の「聞其名号」の教えによってなされた
ことであったのです。

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kws********さん

2017/9/611:44:15

その霊園が宗旨不問なら、あなたの好きなようにして構わないと私は思います。
私の父は、宗旨に無頓着で、実家の宗旨を調べもせずに寺院墓地を購入しました。
父の葬儀の際に、父の身内の方々は戒名を見て、いつの間に宗旨変えをしたのかといぶかりましたが、格別な不都合は生じませんでした。

man********さん

2017/9/610:02:25

お墓がお寺絡みでなければ、自由に変えられます。父親も浄土真宗でなくても構いません。
何回忌とかの法要をやるならば、父母いっしょにしておいた方が、法要も一緒にできるので便利です。

まずどうして、坊さんが葬式に絡んでくるのか?
江戸時代、徳川幕府の檀家制度の名残です。それは、
・お寺で、一般人の出生と死亡を管理せよ。・・・今の役場の仕事です。年貢のゴマカシを防ぐためです。
・葬式もやれ!・・・・・・・キリシタン弾圧です。

つまり仏教を信仰していたので、お寺で葬式をやっていたのではなく、そういう制度だったのです。
父方は、近所の管轄のお寺が、たまたま浄土真宗だった、母方の方は、たまたま禅宗だった、というだけです。

檀家制度は、明治に廃止され、今は任意継続です。継続不要です。
葬式に坊さんを呼ぶ必要さえありません。

いまだにお寺の檀家であったりすると、抜けるのがめんどくさいですが、あなたの場合、親も次男だし(檀家ではないでしょう)、まったく自由です。

ajy********さん

2017/9/609:19:31

私は実家が曹洞宗(禅宗)で婚家がもとは浄土真宗大谷派です。夫の父は分家に当たり、実家の周辺に大谷派がないこと、夫の友人がご住職をされているということで浄土真宗本願寺派に変えました。
義父が他界して浄土真宗のいろいろなことを知るたびに、曹洞宗に比べてとっても簡易だと感じました。言い方が悪いですが、簡単に言うと軽いんです。実家が本家で実母が曹洞宗の厳しい決まり事を守ってお盆や法事を仕切ってきた苦労を見てきているので、浄土真宗はなんて楽なんだと思いました。お寺とお付き合いする場合のお金のかかり方もかなり違います。正直なところ婚家が浄土真宗で良かったと思いました。
ちなみにお世話になっているお寺のご住職(ご院家さん)は、当然坊主ではありませんが、身なりはきちんとなさっいて、説法なども非常に素晴らしく、ありがたい気持ちでお話を伺っています。

それはそれとして、ご自分の家のこと・ご自身のことですから、別宗派でもお墓に一緒に入られるのは構わないと思います。

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wak********さん

2017/9/607:35:21

>世間の常識では苗字を継ぐのと同様の感覚で母も子供である私(独身)も弟家族も父方の宗派、

封建的な明治民法の「家制度」の名残です。

家制度とは
女より男、次男より長男、庶子より嫡子優先で、苗字、お墓、財産(主に田畑)神棚、仏壇は長男が承継すべきというものです。


>死んだ場合は葬儀をしなければいけないそうです

葬儀は遺族の世帯主の任意です。

現代の日本は世俗民主主義国家ですから

憲法20条、第一項で宗教を信じない自由、信じる自由、どんな宗教でも選択する自由を家単位でなく、個人個人に保証しています。
第二項では、何人も宗教儀式(葬儀、法事、ミサ、地鎮祭など)は強制されないとあります。


>父方は浄土真宗、母方は禅宗です

江戸時代、キリスト教排除目的で、全国民を信仰に関係なく強制的に最寄りの寺の檀家にした名残です。

「幕府の命により急いで檀家の関係をお寺と結ばねばならず、人々は家から近いところにあるお寺と、信仰の有無に関係なく、寺壇関係を結ばないと自分の身分は保証できなくなったのである」
http://kaimyou.com/2013/02/10/3533/



>この墓に浄土真宗の父と禅宗の母と同じく禅宗の私の代以降の家族が入ることになるのですがそういうことは可能でしょうか

何も問題ありません。

若い世代の人の中には、お寺さんは無いほうが良いという人が増えています。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q131676974...



お墓も少子化により後継者(墓守)不在になり、納骨堂、散骨、樹木葬墓地などが増えるでしょう。
http://www.sogi.co.jp/sub/zuiso/skbf.htm

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