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吉良上野介は高家筆頭という畑本ですよね。 それが大名相手に威張っていられるぐ...

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ID非公開さん

2017/10/1012:13:52

吉良上野介は高家筆頭という畑本ですよね。
それが大名相手に威張っていられるぐらい権限があったのでしょうか?

松の廊下での「このフナ侍めが!」発言はフィクションですが、本当に言えるぐらいの力はあったのですか?

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ban********さん

編集あり2017/10/1012:37:35

旗本、ですね。
旗本というのは一万石未満であり、大名というのは一万石以上。だから大名のほうが旗本より偉いのかといえば、ぜんぜん、そんなことはないんです。
普通の大名と普通の旗本は、全員一律「従五位下」の官位であり、その意味では千石でも五万石でも「横並び」です。ところが、高家というのは、従四位や正四位の官位を持っていました。これは老中や国持大名に匹敵する身分です。並の大名よりはるかに偉いのです。
大名が何万石の領地を預かっているのは、そのぶんの兵隊を養っておいて、いざというときにその兵を率いて馳せ参じるためです。御恩と奉公という、武士の社会の基本ですね。
しかし、高家というのは、そういう「戦争のときに馳せ参じる」という役割を全く期待されていない(だから広い領地を持っている必要はない)、別立ての存在なのです。幕府行事の儀式典礼を取り仕切り、それを参加大名たちに教授するのが彼らの仕事であり、そのためには並の大名より身分が高くなければ話にならないのです。
「高家」というのは、徳川幕府ができる以前から名家として知れれた家の血筋であり、戦国大名としては没落したとはいえ、そうした儀式の取り仕切り方についての代々伝えられた知識を持っているといことで、幕府の中で重要な地位を占めているのです。今「おんな城主直虎」で予想外の大活躍をしている今川氏真ですが、彼の子孫も「高家」として幕府に仕えていて、高い身分を保持していました。織田信長の子孫の小大名より上です。まさに「戦ばかりが仇のとり方ではあるまい」というのは、ハッタリでもなんでもなかったんです。吉良と今川は足利将軍家の遠い分家ですが、特に家格が高かく、「昔からの儀式を継承する」という仕事には相応しい家柄だったのです。

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ihy********さん

2017/10/1012:29:27

吉良上野介は礼儀作法を教える立場で事件の時のように天皇からの勅使の接待も指導する立場ですからあの場では上になります。
他にも一番力が有った大名の上杉家の当主は養子に出した実子でその子供(吉良からは孫になります)を養子として跡継ぎにしていますからそちらの権力もあります。

提督さん

2017/10/1012:23:19

高家は武家儀式の作法に通じてるので、諸大名は失敗しないように教えを請うたり、袖の下を通したのは事実。

畑本×
旗本○

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