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江戸時代のそうめんはどうやって食べた? 、 そうめんが食べられるようになった...

teruchan_moriさん

2017/10/1402:20:26

江戸時代のそうめんはどうやって食べた?

そうめんが食べられるようになったのは江戸時代後期だと聞きました。ですが、当時から冷やそうめんはあったのでしょうか?

いまのように冷蔵庫はなく氷は氷室のものしかなく、庶民は手に入りませんでした。
となると、冷やそうめんがあったとしても、井戸水や冷や水(川や谷の比較的冷たい水を汲んで来て売り歩いたもの)くらいしかなく、現在のもののように冷たくはなかったと思われます。
当時のそうめん事情に詳しい方、教えて下さい。

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ベストアンサーに選ばれた回答

wa2veさん

2017/10/1402:41:43

祖母、母よりの教え?で、
流水で滑りを洗って冷やして食べます。
氷水につけてあるお店に当たったことありますけど、つゆがすぐ薄まってまずかったです。
氷だけでも同じです。
ざるそばと同じようにしてるだけです。

うちは今は井戸は飲用にならなくなりましたが、近所や親類の家の井戸水は冷たいですよ。
冷蔵庫に入れるよりスイカが早く冷たくなりますし、
こと日のお盆に行ったそう祖母の家の井戸水はお米が研げない!一度手を拭かないと冷たくて一度にお米を研ぐことできません。
ひやむぎそうめんもすごい冷たすぎて逆に味がわかりにくいくらい。
そのお家は明治中期の大きな建物です。まだその前の家の写真とかも蔵から出てきましたよ。
散切り頭とか、結ってある頭とか、混じってるので、江戸〜明治の変わり目あたりです。
とても貴重な写真なので、複製しか見てないのですが、何枚かのうち、冷麦かそうめんを食べていると思われるものがあり、拡大した方によると、そばじゃないと。場所が井戸の横だし、竹ザルが半分だけ写っていて、当時絶対貴重だったはずのガラスのお皿から箸ですくっているのです。

深い井戸水のお家のお水を一度飲む、もしくは、触って見てください。
すごく冷たいですよ。
キレそう。

長くなってしまったついでに、冬場の井戸水はあったかくて、冷たい水道水では洗濯したくないです。

質問した人からのコメント

2017/10/15 23:09:42

ご回答ありがとうございます。
我が家も私が子供の頃までは井戸で、釣瓶で水を汲み上げていました。
冷たさというものは相対的なものなので、冷蔵庫の普及していなかった当時は、それでもけっこう冷たく感じたようですね。私はまだ小さかったので、荒縄で縛ったスイカを入れて冷やしたくらいしか記憶がありませんが。

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kororo757さん

2017/10/1411:34:01

そもそも「夏に氷で冷やしたものを食べる」という食習慣が、人類の歴史上ではごくごく最近の、ある意味では「異常な状態」ですよ
夏に食べる、冷たい食べ物の温度はあくまでも水の温度か常温ということです
(酒でも冷や酒って本来は「常温の酒」という意味でしょ)

江戸時代後期どころか、素麺の原型は奈良時代からとされ、現在のような姿は室町期には作られ、調理法も確立していましたよ

秀吉の時代には播州(兵庫県南部)は素麺の名産地として知られ、すでに庶民の食べ物として広まり、七夕や盆の行事食です
また宮中でも「おぞろ」と呼ばれいます

夏は水で冷やした冷や素麺(冷麦)、冬は煮麺(熱麦)にして食べる
屋台で蕎麦やうどんと共に煮麺は主なメニューでしたよ

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ujiphippoさん

2017/10/1407:04:58

すり鉢ですった味噌を水で薄めて…布で濾したツユで…喰ったそうな♪
夏には…葱が無かったから…鰹節を削ったのを揉んで薬味にしたらしいね~♪

ak47dx3さん

2017/10/1406:51:52

そんな物、季節次第です。
夏だけに食べる物ではありませんし、
暖かくして食べるにゅう麺もあります。

そしてそもそも江戸時代と言われましても
前期と後期で食べ方が様変わりしていきます。

室町~江戸初期の素麺は、大体が
「茹で洗い」と言って、茹でるのは「汚れを
落とす為」にする事で、食べるのにはその後
「蒸してから食べる」物だったのです。
蒸して暖かいまま食べる事もあれば、冷水
で〆る事もあります。

どちらにせよ、この頃の素麺はにゅう麺の様に
暖かい汁で食べるか、皿やせいろに板状に伸ばし、
上に梅肉や魚の解し身や薬味を沢山のせた、汁気
の少ない食べ方の2つが主流です。

そして付け加えるのなら、元々素麺はその工程を
見てもらえばわかりますが、物凄く長いです。
それを現在は適当な長さにカットしていますが、
当時は「手で半分に折る」か「そのまま茹でる」
のどちらかで、当時は「半分に折って食べる」のは
富裕層だけで、庶民は「おらずに長いまま茹でて食べて
いた」と言われています。
これは落語のネタにもなっており、古典の中には
二階から麺を垂らしてもらってすするとか、縄の
様に束ねて首に巻いて歩きながら啜っていく、とか
いう当時の洒落というか馬鹿っぽい様子が描写されて
います。

今の様に冷水で〆て醤油味の冷たいツユで広く
食べられるようになるのは江戸中期以降で、
冷水といっても井戸水で〆る程度なのでそこまで
キンキンには、確かになりません。

が、昔の素麺は大体七夕の時期に食べられる物
(平安時代から素麺を七夕に供える習慣があった)
で、夏場のクソ熱い時期の食べ物というよりは
「初夏の暑く成りかかる時期」に食べる物ですので
井戸水の冷たさでも十分冷やされていると言えます。

なので、江戸時代と今とでは食べ方も食べる時期も
違いますので、今の感覚の素麺とはちょっと
違うと思います。

jaga5453さん

2017/10/1406:22:40

そりゃ~
にんべんのつゆで
ねーのかい

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ojyarujyazoさん

2017/10/1402:37:34

江戸時代にそうめん圏とひやむぎ圏があったって知ってる?

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