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天皇の戦争責任について 統帥権を持っていた天皇が開戦を拒否しなかったから ...

さん

2017/11/801:36:47

天皇の戦争責任について

統帥権を持っていた天皇が開戦を拒否しなかったから
責任があるとの主張を見かけるが
上奏は議会を経て、国民の総意としてなされるもの

それを一個人の考えで拒否することは暴挙以外の何物でもない

責任論者は、この暴挙をしなかったことに責任があると言っている
まさに本末転倒の暴言でしかない

どう思われますか?

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ann********さん

2017/11/1419:46:43

いろいろな意見があると思いますが大日本帝国憲法の性質から考えても天皇に開戦の責任はないと考えるのが妥当ではないかと思われます。
その前提となるのが大日本帝国憲法第三条の『天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス』という規定です。
この規定の意味は伊藤博文憲法義解第三条に書かれており、かんたんに要約すれば天皇は神の子孫であり、神々を奉る聖なる存在である。その為尊敬されてなければならず、また尊厳を侵されてはならない。よって天皇は法を守らなければならないが、法は天皇に責任を負わせることはできない。だから天皇の身体に対する不敬はあってはならないだけでなく、天皇の尊厳を傷つける批判や議論もなされてはならない。と、いった具合のものです。
この内容を踏まえると天皇の政治的責任は一切問うことができないため、天皇大権とは天皇の権威を使って国政を行うためのものであり、天皇それ自体が大権を行使する主体とはなりえないことがわかります。
そのため天皇は大日本帝国憲法で絶大な権力を持っていてもそれは天皇自身が行使するためのものではなく、天皇から信任された者が振るうというものが実態であるといえます。

これは日本史上においても特に変わったものではなく、鎌倉幕府や室町幕府、徳川幕府も極めて形式的ではありますが天皇からの信任を受けて政治を行っていました。
現在の日本国憲法第三条も『天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。』と、天皇の行為によって天皇に責任が及ぶことを回避しています。

昭和天皇が御前会議でまったくもって発言しなかったこともこの点を考えればほとんど辻褄が合うと思われます。
天皇が明確に拒否すれば、その責任は天皇ではなく国務大臣に及びます。そうなれば内閣は総辞職です。
むしろ1941年9月6日の御前会議における天皇の発言は例外的事例であり、この際も間接的な意思表明しかしていません。

つまり、昭和天皇が明確に拒否していれば戦争は起こらなかったというものは戦後から見た結果論でしかなく、昭和天皇の戦争責任追求は当時の立憲君主制下では的外れなのではないかと思います。
少なくとも開戦の政治的責任はないといえます。

ちなみに東芝の取締役と昭和天皇を例に出している方がいますが、これはナンセンスですね。
東芝の取締役の責任は民法によって明確に定められているのに対して、昭和天皇含め天皇は根本的に責任を問うことができない存在ですから、比較対象とはなりえません。

  • 質問者

    さん

    2017/11/1422:11:15

    全くもって同感です

    東芝~
    なにがなんでも戦争責任を天皇に求めたい人は
    このレベルの解釈しかできない人なんでしょう
    というより、こんな例えを出すしか無い
    と言った方が、適切かな

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sup********さん

2017/11/1111:15:50

昭和天皇は「大日本帝国」の君主だろ
開戦の詔勅が存在する以上
戦争責任が無いとは言えない。
天皇に開戦の責任と敗戦の責任は存在する
時の大東亜戦争時政府はいまだに
国民に敗戦の謝罪もしていない。

東芝の社長に何の責任もないよな
合議制での経営者会議なんだから

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2017/11/1110:50:02

天皇には統帥権があり、陸海軍を統率するとされていましたが
実際には陸海軍で決められた事を承認し、意見を述べる程度で
した。

ですから日米開戦の拒絶など出来ませんでした。敗戦の際には政
府と陸海軍がポツダム宣言の受け入れを決められず、判断を権限
のない天皇に押し付けたのです。

大日本帝国は立憲君主制であり天皇独裁ではないことが、憲法に
定められていました。

これ、大事なことですよ・・・(^_-)-☆

天皇には統帥権があり、陸海軍を統率するとされていましたが...

z_x********さん

2017/11/1110:38:32

「責任はない」ですんでるんだから「ない」でいいんだよ。

広義で考えたら、そりゃないわけないけどさ。
実際、終戦の判断は「ご聖断」だったわけだし。
もっと早く、極端なこと言えば戦争が始まる前に
ご聖断してくれたらよかったわけなんだけども。

sei********さん

2017/11/1110:27:09

○全く間違っています。

>上奏は議会を経て、国民の総意としてなされるもの

○そんな上っ面な形式など、屁のようなものだ。天皇に統帥権の独立を与えることで、戦争をやりやすくしているのだ。
だから、天皇は最終判断をし、裁可した。

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kou********さん

2017/11/1104:37:59

軍の上奏は議会を経たりしませんよ。軍から天皇へ直接行きます。統帥権の独立と呼ばれます。

「一個人の考えで拒否する」?大日本帝国の天皇が「一個人」??困ったな、これは。帝国憲法をお読み下さい。天皇はものすごい権限を持っていました。

太平洋戦争は日本が独自の明確な意思、判断によって始めた侵略戦争でした。これは私の「意見」ではなく、もちろんGHQなどなんの関係もありません。

ネトウヨさんたちはあの侵略戦争を正当化する為にふた言目にはGHQによるWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)による洗脳を持ち出しますが、これは江藤淳と言う右翼の文芸評論家(歴史学者ではない)が言い出したデタラメで、まったく根拠がない事は証明されています。WGIPを大げさに言い立てるのは少数の右寄りの人たちだけですね。

歴史を勉強すればそれが分かります。当時の日本の国策はアジアから西欧列強を追い出して(ここまではいいのですが)、日本が新しい支配者になる事でした。昭和15年7月の四相会議(首相、陸相、海相、外相)で決定した政策大綱には:

「英、仏、オランダ、ポルトガル植民地を東亜新秩序の内容に包含せしむる為の積極的処理」

つまり南方を侵略して西欧諸国の植民地を日本の支配下に置く。

そしてアジア諸国を

「八紘一宇の皇道に基づき、帝国輔導のもとに」
「軍事、外交、経済などの全般にわたり、帝国の強力なる把握下に置かるべき」

というもので、アジアを征服し、今まで平和に貿易で手に入れていた石油などの資源を武力で強奪するのが目的でした。そして日本のアジア征服の邪魔になる米英を叩いておこうと始めたのが太平洋戦争でした。御前会議で数度にわたって確認されています、「この目的を達成する為には米英と戦争になってもいい」と(「なってもいい」どころかこちらか戦争を仕掛けてしまいましたが)

日独伊三国同盟の条文にも、日本はアジアを支配し、ドイツとイタリアは欧州を支配する、その為にお互いに助け合おう、と書かれています。

アジア解放が目的だったら先ず朝鮮を再独立させ、台湾・満州・海南島を中国に返還し、中国と仏印から日本軍を撤退させないといけない。それをしないでアジア解放を言っても笑われるだけです(戦後アジア諸国は日本が負けたお陰で独立出来た。日本が勝っていたら日本の植民地、属国になっていた。これも当時の日本政府・軍の文書にはっきり書いてあります)

よく言われる対日石油禁輸もハルノートも関係ありません。そのかなり前から日本は対米英戦争を具体的に決めていました。日本がその主目標である南方作戦を行っている時にアメリカ太平洋艦隊が横から出てきて邪魔をしないように、と行ったのが真珠湾攻撃です。

対米戦争は日本の国策だった南方侵略の「補助的」なものでした。その補助的な戦争で世界史上最強の軍事超大国アメリカにこちらからケンカを売った日本は無茶苦茶に負けて国が崩壊、数百万の日本人が死にました。東條英機の様に勇ましいだけで無知で無責任な指導者を持った当時の日本人が哀れです。

日本は戦争などする必要はまったくなかったのです。当時の日本は世界五大軍事大国・三大海軍国、国際連盟の常任理事国、広大な領土を持つアジアの大国として世界も一目置いていました。石油や鉄鋼などの重要資源も欲しいだけ輸入出来ていた。そんな日本を植民地にしようとした国なんかありませんよ。

しかし日本は九ヶ国条約、パリ不戦条約を破って中国(中華民国)の領土である満州を侵略し、世界の非難を浴びて国際連盟を脱退。更に中国大陸侵略を拡大、世界の嫌われ者ナチス・ドイツと軍事同盟を結び、自由主義世界に挑戦状を叩きつけた。

(>>・日本は日露戦争で得た満州で中華民国の国民党軍と戦っていた。
と言う回答がありますが、日露戦争で日本が獲得したのは南満州鉄道の経営権と遼東半島と言う小さな半島の先っぽの租借権だけ)

それにも拘わらず、日本による中国侵略がピークに達した1940年度ですら日本の石油需要量の86%をアメリカが供給。このどこが「アメリカの経済圧迫」なのでしょうね。

しかし日本は更にフランスがドイツに負けたドサクサに仏印を侵略します。

(>>資源をオランダ領東インドに求めてオランダと交渉。オランダが英米側に傾く。
と言う回答、、、当たり前ですね。そのオランダ本国は残虐なナチス・ドイツに占領され、大変な目にあっていた。そのドイツと軍事同盟を結んだ日本に親近感を持つわけがない)

極東の片隅である満州はともかく、日本の大軍隊がインドシナまで進出してくるとアジアのみならず、世界の政略図、戦略図に重大は影響を及ぼす。ここでアメリカの我慢が切れて対日石油禁輸を実施。アメリカの対日強硬策はすべて日本の好戦的な侵略主義に対する不信感、警戒感だったのです。

しかしこれすらアメリカの警告でした。ここで日本が侵略をやめれば石油もまた入ってきましたが、日本は戦争を選びました。それが元からの日本の国策でした。宣戦布告なしのだまし討ちだった真珠湾攻撃もマレー半島上陸も、ハルノートが出るかなり前から具体的に決められており、実際、真珠湾攻撃の為に日本海軍機動部隊はハルノートの前に出撃していた。

「大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌」というものがありますが、すごい内容ですよ。「外交交渉が失敗する事を熱望する」とか、日本(≒陸軍)は戦争がしたくて仕方がなかったのです。ハルノートなど無くても日本は戦争を始めていました。ハルノートについては以下を御参考に。

http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n73649

という事で、太平洋戦争は日本によるアジア征服の為の侵略戦争の延長上の必然的な結果でした。アメリカの陰謀とかアジアの解放、ABCD包囲陣などはすべて戦後の言い訳けにすぎません。

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