マザーテレサの言葉に「愛情の反対は無関心」というものがありますが、意味がわかりません。

補足

みなさんの回答を読んで思いました。 マザーテレサはこの言葉を深く考えずに言ったのではないでしょうか。 もちろん、このセリフに限っての話しです。 周りがかってに偉大な言葉として祭り上げているような気がしてきました。 憎しみでも怒りでも非難でもなんでもいいなら、愛情ではなくて感情というべきじゃないですか? ちなみに愛情の反対は愛情を求める心じゃないんですか?

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

いろんな回答ありがとうございました。言葉のあやとしては目をひきますが、今の日本人には少しなじまない台詞かもしれないですね。千差万別の解釈ができるような気がします。

お礼日時:2008/8/9 7:06

その他の回答(2件)

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彼女が、どういう状況で言ったのか解りませんが・・・ あなたの仰るとおり 反対の意味ではないように感じます。 私の尊敬する作家が次のようなことを言っておられます。 A 「愛の反対はなんだと思う?」 B 「無関心でしょう?」 A 「いや、軽蔑だ。軽蔑したらそこで一切の関係は 断ちきられてしまうんだ。 無関心の反対は、尊敬だよ」 私も(そうだなぁ)と思います。 失礼しました。

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関心があると言うことは、心を向けられる、と言うことです。 愛してくれる人を愛するのは当たり前です。 彼女は片隅に追いやられた人、何の役にも立たないと思われている、しかも異教徒に目を向けたのです。見返りも求めず、心を向けたのです。 関心を持つのは気まぐれであってはなりません。その人の一生に関わることです。 無関心の状態とは、気にも止めない、存在も認めない、であって愛情0とは違う気がします。