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西洋史では爵位の授与は王だけの権利みたいですが貴族は自分に従う平民に騎士の称...

mar********さん

2017/12/1901:44:48

西洋史では爵位の授与は王だけの権利みたいですが貴族は自分に従う平民に騎士の称号を与えて家臣にすることはできたのですか?

もう一つ、諸侯とは貴族の中でも広大な領地を持つ有力者という認識であっていますか?それとも爵位が伯爵以上であるとかの条件も国によってありますか?

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cel********さん

2017/12/1918:43:51

いきなりですが、ヨーロッパの歴史に関する知識が日本に入ってきたのは、殆ど明治時代以降で、歴史用語もヨーロッパで使われているものを、出来るだけ近いニュアンスになるように日本語訳したものです。ですから、「元々の言葉に厳密な定義が無ければ、日本語訳での歴史用語も厳密な定義は無理」とか、「日本語での一般的なニュアンスとは微妙に違う意味で使われる」とか言った事はあります。ですから、日本語の意味(より正確には漢字の意味というべきか)から厳密な定義を想像してしまうと、かえって間違ってしまう事があります。また、ヨーロッパ史でも国毎・時代毎に、例えば同じ「貴族」という言い方をしても意味がかなり違ったりする、って事もあります。

さて…

>貴族は自分に従う平民に騎士の称号を与えて家臣にすることはできたのですか?

ここで言う騎士とは、「肩を剣で叩いて叙任する」ような騎士の事でしょうか。もしそうであれば、一般論としては可能でした。ただ、可能であるというだけであって、良くある話とは言えません。また、これは「一人前の戦士」として認められるという事であって、仕えている主人から騎士に叙任されるのが一般的(つまり騎士になったらそのまま同じ主人に仕える続けるのが通常)ではありましたが、騎士に叙任されたらその叙任した人(その人も騎士でなければならなかった)に仕える、というルールだった訳ではありません。

なお、念の為申しあげて置きますが、現在の英国では騎士(knight)が称号の一種になっていますが、それは騎士を叙任する権利を王室が「独占」する事で、knightが称号の一種になったもので、元々そうだった訳ではありません。

そういう騎士への叙任ではなく、一般的に家臣にする、という意味であれば、勿論可能ではあったはずですよ。(実際にどれくらい例があったかは私にはわかりませんが)、家臣と言っても、仕事は文書作成とか会計とか色々ありましたしね…
ただ、金で雇う兵士が軍隊の中心になる前は、「土地と人の支配権を与えられる」=「軍役を負担する」=「自らが戦場に赴く」って事だったので、家臣一般ではなく、家臣の中でも“一定の領地の支配を任される領主”に任命される為には、戦闘技術がある程度ないと結構難しかったのではないか、と思います。


>諸侯とは貴族の中でも広大な領地を持つ有力者という認識であっていますか?

う~む、「広大」というのがどういうイメージかにもよるでしょうが、感覚的にはやや違うかな、という気はしますね。(封建)諸侯の「原語」を無理矢理想像するに、英語で言えばfeudal lordsといったところではないかと思います。直訳すれば、封建領主です。王や大領主から領地を与えられていれば、(封建)領主とは言えるので、かなり幅広い概念ではあります。
が、日本語で封建諸侯と言った場合の諸侯は、元々は古代中国の周の時代(春秋戦国時代を含む)に王から一定の領地を与えられている領主の事を言いました。例えば、秦の始皇帝の祖先はそういう諸侯の一人でした。この元の中国史での諸侯とは王から領地を任されていれば全部諸侯って事になる訳ですが(そして、その諸侯の中のランク付けとして、公、侯、伯、子、男、があった訳ですが)、日本語での諸侯って、江戸時代の大名を諸侯と読んだ為に、あまりに領地が小さいと、諸侯って言葉には入らない、そういうイメージの言葉になっています。
じゃぁ、どれくらい小さいと諸侯とは呼べないか、というとヨーロッパ史で使う場合、それほど明確な基準は無い訳ですが…

ヨーロッパ史では、普通は、領主層はひとまとめにして英語だったら(feudal) lordsであって、そういう概念をシンプルに日本語に直せば(封建)領主で済む所を、わざわざ封建諸侯という言葉を選ぶとしたら、一応はその人は「ある程度以上の規模の領地を持っている領主」をイメージしている、と考えた方が良いと思います。

実際、デジタル大辞泉で諸侯をひくと、

1 近世、諸大名をいう。→大名
2 古代中国で、天子から封土を受け、その封土内の人民を支配していた人。
3 封建時代のヨーロッパで、一定の支配地と臣下をもった領主階級。

と出ています。3の意味で「一定の支配地」と書いてあるのはそういう事でしょう。


>爵位が伯爵以上であるとかの条件も国によってありますか?

そういう定義はないです。そもそも、諸侯って言う概念自体が、中国語のものを日本で改変して、更にそれをヨーロッパ史に当て嵌めているだけですしね。
勿論、前後の文意によって、諸侯といっても、ある程度限定される場合はあるでしょうけど、諸侯と言う言葉自体にそういう定義が含まれている、って事は考えられないです。

ところで、ヨーロッパの中世史で「貴族」って言葉が使われたらどういう意味だと思われます?例えば、聖界諸侯って呼び方をされる「○○大司教」みたいな人は貴族に入りますかね。特にドイツ史において「○○大司教」みたいな人を聖界諸侯と呼ぶのは、神聖ローマ皇帝(=ドイツ王)から一定の領地の支配を認められ、その対価として軍役を負担をしていた、つまり、○○伯とかと(聖職者である事を除くと)本質的に同じ存在だったからです。でも、貴族って日本語は「血筋によって特権を持っている人達」って意味ですよね。が、「○○大司教」は(隠し子は居た《かも》知れませんが)世襲でその地位を受け継いでいたわけではないです。つまり、聖界諸侯って世襲制ではないのに貴族という言葉が適切か、って問題はあります。(なお、高校で世界史を選択されていれば、神聖ローマ皇帝とローマ教皇の間の叙任権闘争って習ったと思います。あれは、聖界諸侯が、“キリスト教会から土地と爵位を与えられて”いたのではないからこそ起きた事ですね。)

そういう聖俗両方の領主を一まとめにした日本語としては聖俗諸侯という言い方もありますが、英語でのNobility(高貴な人達、という意味)と言うのと同じような意味で日本語でも便宜的に貴族と言っている場合もあるかと思います。Nobilityと言ったら、普通は上位の聖職者は入るでしょう。

色々言っていると、かえってわかりにくくなるのではないか、と思いますが、とにかく、そもそもそれほど「カッチリした」制度がない事が珍しくない上に、時代と地域によって言葉の意味も違ったりして、更にそれを近い日本語で便宜的に表現しているだけなんで、どうしてもこういう事になってしまいます。実際には、その国のその時代の状況から、言い換えれば歴史の本のその部分の説明から判断するしかない、というのが現実です。
例えば、Baron(バロン)って現在の英国では爵位を持つ(言い換えれば“貴族”)の中の最下位ランクをさす訳ですが、元々は領主(戦時は軍隊指揮官になる)を指すフランス語がノルマン・コンウェストで英国に持ち込まれたもので、最初はザクッと言うと諸侯=バロンでした。(バロンの中に、例えば、日本語で言えば伯爵に相当する爵位の領主がいたりする、って事です)バロンが日本で言う男爵にあたる「領主層の中の領地の小さい」人達、って意味になったのは時代を経てそうなったものです。

説明すればするほどややこしくなるので、一応ここで止めておきますが、残念ながら、ヨーロッパの中世の歴史の本を読む時は、その本自体の説明に基づいて、その時々で意味を考える、というやり方しかないと思います。


なお、ご質問が中世史だけなのか近世史も含むのか回答者からはハッキリとはわかりませんが、近世史まで含めるとまたまた話は変わってきます。中世と近世の最大の違いは、(国によってある程度の違いはあるものの)、近世には王の直接支配が国内に及んだ、という事です。ですから、近世以降では、爵位を持っていても諸侯とはまず言いません。諸侯という日本語には一定の領域の支配権を与えられている、という意味が強く含まれているからです、近世以降で諸侯と言う言い方を使ったら、それだけでその本は眉に唾をつけて読んだ方が良いぐらいです。

また、爵位や貴族の意味も大きく変わりました。例えば、英国ではスチュワート朝に大量に地方の地主に爵位を与え、かつ古くからの領主も土地や住民の支配権を失い地主化したので「貴族=地主(その一部)」に近くなりました。
一方、フランスでは、官職とそれに伴う特権、時には爵位も金持ちが買う事が広範に行われました。これを法服貴族と呼びます。

中世史だけでも、整理された説明が困難なのに、近世まで含めると、もうワヤワヤになってしまいます。

繰り返しになりますが、それは本質的には、さほどカッチリした制度も概念がなく時代や国毎にも違うものを、便宜的に近い日本語で訳している、それを現代の日本人が読んでいる、って事にあります。

長文失礼しました。

  • 質問者

    mar********さん

    2017/12/2119:35:47

    私が考えていた騎士とは、常人より腕っぷしが強い人を見つけた領主が用心棒として使うために食客として召し抱える。(城または館には大勢の衛兵がいるが彼らより特別待遇が良い。)そしてほかの領主や国王にも彼を騎士として認知される。というものです。
     回答の中にあった聖界諸侯というのは司教などの教会の階位の者たちですか?教会が五等爵のような爵位を与えるというのは知りませんでした。そういう爵位は世襲できるのでしょうか?

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ベストアンサー以外の回答

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2017/12/1910:16:34

諸侯はヨーロッパの言語ではなく中国の諸侯を当てはめただけです。貴族と同義であることが多いです。

ヨーロッパでいう諸侯とは、諸君と同じく「全ての領主」とか「全ての貴族」と言えるので、畑ひとつでも王から土地を貰っていればとりあえず諸侯になります。中世以降は土地ではなく爵位を王から貰っていたら貴族だったので、最下位でもとりあえず王から称号貰っていれば諸侯です。

例外として、キリスト教会から土地と爵位を与えられる人もいました。そういうのは聖界諸侯です。ヨーロッパでは王や皇帝、教会などの一定の権力組織から土地や称号を貰うことができました。

また諸侯は中世では大名と同じく独立国であったため、大名が自ら家臣を召し抱えられたように、諸侯もそれぞれ家臣を持つことができました。家臣は騎士階級となりました。日本ではそれぞれ諸侯を大名、騎士階級を武士と言い換えられます。当然、旗本のように王に直属する騎士階級もいました。


ヨーロッパでは王が領土を与えていて、直接関係を持った者が上は公や伯もいましたが、小領土を与えられたランク無しの者もいました。いわゆる平社員のような存在で、一応領土を王から直接貰ってるけど小さい、そういう連中をバロン(後の男爵)などと言いました。

中世が終わる頃になると、王から直接領土を貰っている人で、かつ王から爵位を与えられている人を貴族と言いました。

領主であればどんな小さくても領主になり諸侯になります。中世以降では、爵位があれば諸侯になります。ただ大抵の場合は土地それぞれに爵位が宛がわれているので、土地持ち=爵位もちになります。

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