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竪穴式住居はでっち上げだと思います。 本当の正しい日本の古代の住居はどうであっ...

tac********さん

2018/1/2122:15:58

竪穴式住居はでっち上げだと思います。
本当の正しい日本の古代の住居はどうであったか、どなたか知りませんか?

日本の古い農家の家は、炊事場は土間(土の)でカマドと石製の流しがあり、壁はススで真っ黒。
居間に上がるには横長の石段、木製のベンチにもなる段があって、その上に畳or板敷きの居間があり、その中央に囲炉裏があったと思います。
床下は50cm~60cm、石敷きの基礎に木製の床束です。
縁側は障子襖と雨戸で外界を仕切る開放型の家屋で、屋根は藁ぶき屋根です。
どう考えても、竪穴式住居とは似ても似つかず、むしろ東南アジア、フィリピンやインドネシアの高床開放住居の方がよほど近い。
九州の田舎で見る埴輪の家屋も、藁ぶき屋根の家屋です。

竪穴式住居に真夏に住めますか?梅雨に住めますか?

日本の四季、気候からしたら絶対に人間が住める構造では無いです。
なぜ、登呂遺跡のような竪穴式住居が古代人の家だと言えるのでしょうか?
どう考えても、考古学者がさぼっているとしか思えません。
建築に無知な考古学者の浅知恵の妄想だと思います。
誰か真夏にあの閉鎖式の家に、梅雨に水浸しになるあの竪穴住居に住んでみた事があるのでしょか?しらみやムカデやゴキブリと共存できる?
ありえません。あれが先祖の家だとしたら、先に上げた古民家の構造とはかけ離れすぎていて、全く別の、アマゾンあたりの部族がいたとしか思えません。

あれは住居跡ではないような気がします。

みなさんどう思われますか?

補足竪穴式妄想再現住居の内部写真を見てあり得んなと。これだけ木材を使用して屋根をかけるのに何で床を作らない?一方で高床式倉庫がすぐそこにある。間違いなく高床式の方を住居として使うだろう。カマド・炉があったと言うが、古民家のカマドの土間部屋に誰が寝泊まりする?ありえん。百歩譲っても、その円形竪穴は炊事場だったのかもしれない。高床では火は使えないだろうから。でも人が住めるものではない。
大和の住居ではないね。西都原の埴輪には馬具を付けた馬、大型木造帆船、鎧の武人などが出土している。あんな大船を作る技術があって、庶民の家が木造じゃなくてカマド土間部屋のみテント小屋だったとは思えない。そこに何十年も何世代も住み続ける訳が無い。考古学者の妄想学説は信じられない。そもそも、土に柱を直に挿したら白アリに食われるし腐るだろう。本当に直に木を挿していたのか?その上には重量物が乗り重みで沈むんだよ。住居の柱跡ではなく、別な何かとは考えないのか?礎石の上に組む木造建築の技術はある日突然できたわけも無かろうに。法隆寺の工法は宮大工に受け継がれてその技が1400年生きているのに何故数百年遡ると竪穴住居?ありえないね。

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ベストアンサーに選ばれた回答

cor********さん

2018/1/2123:40:02

青森にある三内丸山遺跡に行ったときに、復元された竪穴式住居に入りました。
暑い夏でしたが、住居内はひんやりして快適でした。住居の周りには側溝があって、雨水は住居に入らないようになっていました。
地面を少し掘って、半地下のようになっていましたので、土床の温度は高くならないようです。
冬は寒い外気温に対して、土床は冷たくならず、さらに火を焚けば暖かくなったと考えられます。
竪穴式住居が作られた環境は、低地ではなく少し高台でしたので、洪水などからは避けることが出来たと考えられます。
古墳から出土する埴輪に家形埴輪がありますが、古墳に葬られる被葬者はその地域の支配層ですので、首長をはじめとする支配層は古墳時代にも高床式の家に住んでいたと考えられますが、農民はそのような家に住んでいたとは考えられません。
農民が板張りの居間、かまどや囲炉裏のある家に住むようになったのは江戸時代以降です。

  • 質問者

    tac********さん

    2018/1/2219:19:10

    青森県は太古の昔は大和民族の土地では無かったですよね。蝦夷の土地ですよね。

    それから、アイヌの家屋も四角いんですよ。
    チセと言うそうです。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/チセ
    こちらも、竪穴式住居と言うよりは日本の農家の家の原型に見えますね。

    丸い形状の家っぽいものと言えば、インデアンのテント。モンゴル人のパオ。
    あれって、定住者の家ではなくキャンプのテントですよね。移動して行く。
    日本の縄文・弥生人は稲作を始めてる。定住型です。
    定住型の家屋は、たとえアマゾンの未開人であっても四角い家ですよ。

    誰も、あの丸い穴が家だったと言うものを見ていないんですよ。
    学者先生は、世界の似たような住居があるので、それかな?程度でしょ。
    その世界中の竪穴式丸穴住居に住んでいる民族と、日本人の関係性は?民族的にも文化的にもまったく関係ない民族の住居を、日本の遺跡に当てはめるって言うウルトラCなんですよ。

    そう思いませんか?

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質問した人からのコメント

2018/1/27 21:40:59

最初に回答をいただいた方をBAとさせていただきます。
私のこの疑問が何かの役に立てば良いのですが。
今の歴史教科書は、鎌倉時代までを古代としてるらしい。日本人に文明を教えたのが朝鮮人らしく、朝鮮が古代を脱する前に日本が古代じゃなくなるのが困るそうで。朝鮮の教科書を何故か日本が優先してる。それを是認する学者が正しい訳ない。
白村江の戦いで3万の兵を海を越えて派遣できる日本に文明が無い訳がない。

ベストアンサー以外の回答

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scu********さん

2018/1/2200:00:28

>東南アジア、フィリピンやインドネシアの高床開放住居
>アマゾンあたりの部族がいた

どちらも「温暖湿潤な気候」という点で共通していますから、日本の気候によくあった建築様式であると言えますね。

特に高床建築は技術が必要ですから、未発達であれば床を持ち上げない竪穴式住居であるのは自然でしょう。

竪穴式住居に床をつけるだけで高床式になるのですから、技術的には「正常進化」と言えますね。

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mir********さん

2018/1/2210:16:27

日本史・世界史の元予備校講師です。

竪穴式住居の何が捏造なのでしょうか?
奈良時代までの一般庶民(農民)の住居は竪穴式住居ですし、畿内から遠く離れた地方ですと平安時代でも竪穴住居でした。

竪穴式住居は日本特有のものではありません。
ヨーロッパでも中国でも原始時代~古代までは竪穴式の家です。

竪穴式住居が流行する訳は何といっても手間とコストがかからないことにあります。
地面を50㎝~1メートル程度掘り下げることで、壁の建材を減らせます。
建材となる壁や屋根はその地域で簡単に入手できるものになりますが、農民なら麦や稲のわらを束にしたものが利用されます。

もちろん、熱帯地方はスコールによる瞬間的増水や湿気等により高床式にならざるを得ませんが、そもそも熱帯雨林にはあまり人は住まないです。
雨季と乾季のあるサバナ気候は簡単に手に入るレンガ、乾燥帯はもっと低コストの日干しレンガを積むだけ。

要するに手間と建材コストを考えると、庶民は竪穴式にならざるを得ないということです。

稲作がはじまり、大切なコメを保管する場所は高床式の倉庫になっています。
夏、高温多湿になる日本では大切な米、裕福な者の家はあなたがご指摘になるように高床式あるいは地面から離して床を吹いています。

庶民は財力がないので、夏場は生活しにくい竪穴式住居でもガマンしなければいけないのでしょう。
ただ、人類が家をつくって住むのは風雨と寒冷から身を守るためです。

冬場は家がないと人類は生きられません。
そうゆう意味では竪穴式住居は快適ではありませんが、冬を凌ぐには安くて簡略な欠かせないものだと言えます。

庶民でも木材が容易に手に入るようになると、竪穴式住居はなくなり、夏場の高温多湿から快適に過ごせるよう地面と床を離し、縁の下をつくる建築が主流になりました。
台所はかまどで煮炊きや給排水を行う場所なので、地面に直接つくる土間となっています。

竪穴式住居は日本だけでなく、中国やヨーロッパ(特にガリア・ゲルマニア)でも古代まで一般的にありました。
理由は低コストで簡単につくれるため庶民に広がったということです。

日本でも財力のある裕福な者は床を上げた様式の家に住んでいました。

現代でもそうですが、金持ちは立派で豪華な家に住んでいます。
貧乏人はそれなりの家。

鎌倉時代になっても竪穴式住居に住んでいるような農民は相当貧乏ということになるでしょう。
バラックでも木造なだけ昔はマシだったのかも知れませんね。

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lin********さん

2018/1/2303:43:45

元予備校講師の方のお答えが正しいですね。

付け加えるなら、西都原古墳群の家などは、有力者に関わる家ですから、一般の人の家と一緒にしてはいけません。

考古学者も憶測でものをいっているのではなく、発掘調査の成果を踏まえた上で言っています。

日本の古い農家の家というのは、近代になってできあがるものです。
それこそ、御質問者が固定概念に囚われているかもしれません。
畳や板敷というのも、中世においてでさえ、権力をもつ人の家ででてくるものです。

質問主の古代という範囲が近世にも及んでいるのなら、お答えようはありませんが…

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