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横浜ベイスターズの全盛期についてですが、どうやってマシンガン打線は作られたの...

m_b********さん

2018/1/2912:19:28

横浜ベイスターズの全盛期についてですが、どうやってマシンガン打線は作られたのでしょ97,98年より前はBクラスを彷徨っていて、とても優勝できるチームでありませんでした。

また、98年の監督が権藤氏じゃなくても、前任の大矢や前々任の近藤昭仁、以前から監督候補に名が挙がっていた森祇晶でも日本一になっていたのでしょうか?

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loo********さん

2018/1/3110:36:29

基礎が出来たのは近藤監督時代だと、98年の主要メンバーが言ってるそうですよ。「4522敗の記憶」という本に書いてあります。
近藤監督の厳しい練習と指導があったからこその98年の優勝だっんでしょう。
当時の練習は喧嘩のようだったらしいですよ。若手なんてミスするとレギュラー陣から「出てけ!」と罵られたそうです。
それと、よくマシンガン打線ばかり注目されますが、当時は守備も最高でした。キャッチャー谷繁、ファースト駒田、セカンドローズ、サード進藤、ショート石井と、ピッチャー除いた内野陣はベイスターズの選手がゴールデングラブ賞総取りでしたから。これも近藤監督時代の厳しい練習の結果じゃないですかね。

権藤さん以外での優勝はなんとも言えませんが、優勝争いに絡んでたのは間違いないでしよう。

ただ、当時のレギュラー陣が、近藤昭仁から受け継いだ厳しい練習を若手にやらせる隙を与えなかった為、あまりにレギュラーと控えの差が開いてしまうという弊害が出てしまいました。
これも上記の本に書いてあります。

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pqr********さん

2018/1/2913:31:56

gra********さん

2018/1/2912:27:14

権藤監督しか優勝できなかったと思います

横浜はキャンプの練習が午前に終わると言われたチームです
その為、小技を練習しておらず気持ちよく打つバッティング練習しかしてなかったので放任主義の権藤監督は失敗する小技使うくらいなら気持ちよく打たせてた方が良いだろと皆が打っていくマシンガン打線となりました

ですから管理野球やルールを決める他両氏では難しいでしょう

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