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北川冬彦の詩「ラッシュアワー」で「指が切符といっしょに切られた」とただそれだ...

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ID非公開さん

2018/2/1918:18:37

北川冬彦の詩「ラッシュアワー」で「指が切符といっしょに切られた」とただそれだけしか言ってないのですが、この詩は何を言いたかったのですか?

あと詩人の名前は忘れましたが「馬」という題の詩は「軍艦を内臓している」たったこれだけ。

意味不明です。

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cre********さん

2018/2/2113:29:41

北川冬彦は安西冬衛らと同じモダニズムの詩人でダダイズムやシュルレアリスムに影響を受けています。
大事な事は日常からの逸脱とも言えます。他の詩に剃刀をなめてみると切れたと言う様な詩があります。その様な身体感覚を大事にしたと思います。
この詩を読んだ時痛さを感じると思います。それが大事な事の1つと思います。
シュルレアリスムで言えるのは、2つの異質な物と物の出会いと夢の世界です。例えばダリの絵を思い出すと良いと思います。日常ではあり得ない事が起きる、そして映像的な詩と言うのが大事かと思います。例えば馬と軍港は生物とコンクリートで出来た物で通常は馬の中には軍港は内包されてはいないですが、異質な2つのものが出会うことで爆発力が生まれます。又絵画として考えるとその絵画運動の流れに沿っているとも言えるようです。キュビズム等です。(梶井基次郎の評論より。)
又これは日常として切符と一緒に自分を犠牲として生活しているとも言えます。そうした近代化への批判もあるかも知れません。

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rin********さん

編集あり2018/2/2009:28:37

詩というのは、手紙ではないのでそこに意味は必ずしも必要ではないし、読む人によって全く受け取り方が違うものもあってよいと思います。

短い言葉でどれほど鮮烈に情景や自分の感情を切り取ってみせるか、それもまた言葉の可能性を試すようなものだと思います。

さて、「ラッシュ・アワァ」ですが、
改札口で
指が切符といっしょに切られた

これは昔の、改札に駅員が立って切符に鋏を入れていた時代を知らず、カードをピッしか知らない人にはわからないかもしれません。
朝のラッシュ、次々と改札を通る大勢の人の切符に、カチ、カチと素早く鋏を入れる職人のような駅員。実際急ぎ過ぎて鋏に指が触れることは稀にありました。
間違って指に鋏を入れたらどうだろう?という作者の妄想は、次々と何千という手が改札を通り抜けるラッシュアワーの混雑があるからこそ、ただの突飛な空想ではなくなります。

「馬」も北川冬彦です。
これは、「馬」のその筋肉、力強さ、暴れると人には御しがたい荒々しさを軍港を内臓するという極端な空想で描いています。
同時にこれは、漢字の形から連想するイメージの詩で、馬の漢字の四つの点(れっか)を軍港に入ってきた軍艦に見立てています。
それだけなら、こどもの連想ゲームのようですが、「馬」に「軍馬」として戦争のイメージがあったため、馬という言葉が軍港と繋がるのだと思います。
「内臓している」という表現も馬という動物を感じさせて生々しい。

これは、当時の短詩運動という詩壇のひとつの流行ではあり、「馬」などには批判もあったようですが、谷川俊太郎など後の時代の人にも短詩はありますし、現代の口語自由律の俳句を読むと、この短詩の流れがここにあると感じます。

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chi********さん

2018/2/1921:11:51

昔、切符は改札員がパンチ(改札鋏)を入れていたが、ラッシュアワーで混むときには、危険な行為だ、と言いたかったのではないか。だから現在では、廃止されている。
「馬には、巨砲がある」と言いたかったのではないか。

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