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日本社会は歴史的に昔はみんなが一夫多妻制だったのですか?戦国武将は一夫多妻制...

qrj********さん

2018/3/1521:37:36

日本社会は歴史的に昔はみんなが一夫多妻制だったのですか?戦国武将は一夫多妻制だったようですが
ほかの農民 商人 公家貴族 皇族 多くの武士も昔は一夫多妻制だったのですか?

それとも家柄 身分 財産の多さで一夫多妻制だったり一夫一婦制だったりしたのですか?
なにか法律や規則で一夫多妻制か一夫一婦制が決められていたのですか?

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ani********さん

2018/3/1603:41:54

> 日本社会は歴史的に昔はみんなが一夫多妻制だったのですか?

いいえ。江戸時代までのお話はhachiozinさんの回答はすばらしいです。ご参照ください。


>戦国武将は一夫多妻制だったようですがほかの農民 商人 公家貴族 皇族 多くの武士も昔は一夫多妻制だったのですか?

武家社会における家長制の確立が一夫多妻制において重要です。
家長が存在する世界ではお家の存続はとても大切なので戦国武将には側室がいることが多かったのです。しかしそれはコストのかかることであり、農民なら豪農、公家貴族にしても裕福な家でないと二人の女性とその子供を維持することは難しかったです。

>それとも家柄 身分 財産の多さで一夫多妻制だったり一夫一婦制だったりしたのですか?

主に財産です。家の存続が重要ですから家柄や民分は関係ないです。


>なにか法律や規則で一夫多妻制か一夫一婦制が決められていたのですか?

江戸時代は身分制度は厳密だったので、正妻と妾の間には厳密な差がありました。これは江戸以前でもそうで、特に身分が高ければ高いほど位を巡る係争もあるために厳密に妾の身分の序例が明確になる傾向にありました。正妻系と妾系の序列関係は明治以降の民法でも引き継がれて、今でも嫡子非嫡子の民法上の差は小さくなったものの厳然として法的に残されています。

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hac********さん

2018/3/1523:52:41

厳密には「多夫多妻」と言ったほうが正確です。

現代では男女が結婚したら書類を役所に届け、誰と誰が結婚しているのかはきちんと行政が把握していますよね。一夫多妻がはっきり制度化するのは明治になってからの話です。

でも近世以前はそうではありません。
誰と誰が夫婦になっているのかは当人と、精々その親族しか分からないのです。だから重婚の例もありました。しかも、平安時代まで日本の夫婦は、1つの屋根の下で同居するのではなく、別居が当たり前で男性が女性の住む屋敷を訪れる「妻問い婚」が当たり前でした。
そのうえ昔の人間は現代人より性に寛容です。夜這いにより複数の肉体関係を持つことは男女とも珍しくありませんでした。

江戸時代では、大名や有力な商家となると、正室のほか側室や妾を持つことはありました。ただ複数の女性を侍らせるのは生活費も必要なので、庶民は全員が重婚しているわけではありません。妻のほうもいくらでも浮気することができ、男性は土地を守らなければなりませんでしたが、妻は夫の許可なく外出でき、旅先で出会った男性と親しくなることもありました。とはいっても、やはり性に絡む嫉妬は昔の人間にもあり、しばしばトラブルも起きたようです。

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