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荻生徂徠は江戸思想史の分水嶺だと言われるそうですが、なぜでしょうか?

huj********さん

2018/3/2102:03:22

荻生徂徠は江戸思想史の分水嶺だと言われるそうですが、なぜでしょうか?

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yam********さん

2018/3/2214:11:03

私は「江戸思想史の分水嶺」は伊藤仁斎にあると思っており、荻生徂徠は5代将軍・綱吉の側用人、柳沢吉保の儒者であったように、武家政権寄りで、やっぱり封建思想の身分制を正当化していたように思っています。
丸山真男の「日本政治思想史」の位置づけでは、荻生徂徠は中国宋代の封建思想である朱子学の自然法思想、つまり天に理あり、地に気あり、という「理気二元論」に基づく、天子と言われる皇帝の統治を西欧の「王権神授説」のように正当化したのに対し、徂徠は孔子の昔に帰れ!という「古学」を唱え、皇帝による統治は、自然法に基づくものではなく、実定法、つまり、作為された法に基づくと言った点にあると思っています。
自然から、作為へ!
ここから徂徠は神君家康の統治も、自然法に基づくものではなく、実定法に基づくものだから、その制度は「作為」されたものであり、決して絶対的なものではない、もし、その家康の統治が人民に同意を得られず、他の統治者が人民に支持され取って代わられたら、それも正当的と認めなければならない、という。
これは中国の「易姓革命」を認めるものであり、幕藩体制を、ある意味否定するものでした。
5代将軍の側近、柳沢吉保の儒者である徂徠が幕藩体制を否定するような思想を持っていたことは、ある意味驚きです!

質問した人からのコメント

2018/3/27 10:47:16

大変詳しく教えていただき、ありがとうございます!お二方とも、ありがとうございました!

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goo********さん

2018/3/2213:41:24

それまでの朱子学を中心にした儒学が道徳や忠孝を中心にしたものだったのに対し、荻生徂徠は法による政治を推し進めて、思想体系の近代化を図ったことだと思います。
荻生徂徠は神話の類を否定し、古来からの法はあくまで人間が作ったものであり、孔子たちはそれら古代の英知をまとめ挙げた点に偉大さがあるとし、それ以上の神格化はしませんでした。

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