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在原業平の歌は「その心余りて、言葉足らず」と言われていますが、 その根拠はな...

在原業平の歌は「その心余りて、言葉足らず」と言われていますが、
その根拠はなんでしょうか?

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2018/4/1120:24:46

根拠、その和歌そのもの。

たとえば、「月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身一つはもとの身にして」。
いかにも業平らしい、「心あまりて詞足らず」の典型的な歌。
言葉が足りてなくて、情感がありあまっているから、解釈は多様。

「月は昔の月ではないのか、いや、昔の月と同じである。
春は昔の春ではないのか、いや、かつてと同じ春である。
それなのに、私一人はこうして元のひとりぼっちの身であって、
愛した女は、もう私の手の届かぬ所にいて、ここにはいないのだ。
彼女はもとの彼女ではない、変わってしまい、他人の妻となってしまった」
およそこれだけのことをたった三十二音(字余りですからw)に込めるのだから、
そりゃあもう、圧倒的に詞が足りない。

「月と春」だって、
「昔と変わらない」と断言してしまっているのか、それとも、
理屈で考えたら昔と変わらないはず・・・なのに、
彼女なき今は変わって見える、
月も彼女とともに見た月ではないように思われる、
春も彼女と共に過ごした春ではないように思われる、
と言っているのか、さまざまに解釈できる。

込められた思いも、女への純粋な思慕だけなのか、
運命に逆らえず、結局は自分を捨てて他の男の妻となった女への恨みもこもるのか、
この歌を詠んだことで、男は女への断ち切れぬ愛を再確認したのか、
過去の恋に終止符を打つためにこの場所に来て一晩を一人で過ごして歌を詠んだのか、
これも、さまざまに解釈できる。

参考スレ
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q111429133...

質問した人からのコメント

2018/4/16 07:55:42

回答ありがとうございます!

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

syh********さん

2018/4/1118:38:33

言葉が感情に追い付かない。

現行の言葉では表現しきれない。

悪い意味ではありません。

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