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ふと思ったのですが、ヤハウェとは一体どのような存在なのでしょうか。旧約聖書上...

kkk********さん

2018/5/2402:11:13

ふと思ったのですが、ヤハウェとは一体どのような存在なのでしょうか。旧約聖書上での唯一神であれば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教上での神とも言えると思います。旧約聖書に記述される以

前の古代文明でも唯一神という存在はあったのでしょうか。名称の由来はあるのでしょうか。宗教上ではなく学術的に興味がありますので、宗教的な回答は求めていません。

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kuj********さん

2018/5/2417:10:19

ヤハウェはもともとイスラエル外で崇拝されていた神
というのが有力だよ。旧約聖書でもモーセ以前の物語には
ヤハウェに因む人名が登場しないんだよ。
ヤハウェの起源については、学説としてはシリア・
メソポタミア起源説とパレスチナの南方起源説があって、
現在有力なのが後者だ。前者はヤハウェに因むと
解することができる人名が出てくる文書を根拠とする。
例えば前3千年紀後半のエブラ文書に末尾にyaを持つ
人名が登場する。ただ現在ではシリア・メソポタミア
起源説の支持者は少ない。

パレスチナの南方起源説は考古学と旧約聖書伝承から
説明できるために支持者が多い。イスラエルが歴史上
出現する直前、すなわ後期青銅器時代のエジプトの碑文に
地名の一部としてヤハウェが出てくる。古代オリエント
において神名が地名に由来したり、逆の事例が認められる。
地名には「シャスの地」とあるが、パレスチナの南方は
シャスが活動した地であったことは他のエジプトの史料
からもわかる。そして旧約聖書にもヤハウェがこの
地域と関係があったとする記述がたくさん存在する。

パレスチナの南方にミディアン人という人々がいて
この人たちがイスラエルにヤハウェ崇拝を持ち込んだ
のではないかともいわれている。ミディアン人は
まさにパレスチナの南方にあった「シャスの地」と
重なるからだ。ミディアン人はいち早くらくだの家畜化
に成功し、らくだを用いた隊商交易によって広く通商を
行っていた。シリア・パレスチナ全域かららくだや
だちょうを描いたミディアン土器がみつかる。
ミディアンの北はエドムというんだけど、
旧約聖書ではエサウ(エドム)とヤコブ(イスラエル)
は兄弟だといっている。

ヤハウェの名前の由来については間投辞説、南セム語
(アラビア語)の語根「吹く」「落ちる」から説明
する説、北西セム語(アモリ語、ヘブライ語)の
語根「である」から説明する説など百花繚乱だよ。
「吹く」「落ちる」から説明する説はヤハウェが
元来バアル・ハダドタイプの神であると考える
研究者が支持する。他方「である」からの説明では
出エジプト記にも同様の後付けの理屈があるが
有名なのがオルブライト学派のクロス説だよ。
ヤハウェとは「天の軍勢を造りたまうエル」の
省略形という説だ。ヤハウェにはカナンの神
エルと通じる性格があることから、この説の
支持者も結構いる。ただ、語源からの説明は
どれも短所があって、あまり意味があると思えない。

それから一神教は旧約聖書以前にもあったよ。
メソポタミアでは都市国家から領土国家への移行を
背景に単一神教が起こったし、エジプトでは
イクナートンがテーベ神官団を排除するという
政治的な動機を背景にアテン神を唯一の神
とする政策を強行した。ただ一神教にもいろいろな
タイプがあって、旧約聖書の排他的唯一神教
とこれらとは直接には関係はない。

  • 質問者

    kkk********さん

    2018/5/3011:32:50

    漠然とした疑問にも関わらず、どの方も見識のあるご回答で大変勉強になりました。
    証拠が乏しいという点で断言できるものはなく、ベストアンサーを決めるのは難しかったですが、学説に基づいて横断的に解説していただいたことからベストアンサーに決めました。
    個人的には、唯一神ヤハウェありきで旧約聖書を考えていたので、エジプトのアテン信仰から興ったという説が面白かったです(良い意味で裏切られて好奇心が湧くため)。
    宗教、言語、考古学、文学等に幅広く跨る分野で非常に面白いと感じました。ご協力ありがとうございました。

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fukufukuman1さん

編集あり2018/5/2511:02:15

心理学者のフロイトの学術的考えに私の研究を少しミックスしてお答します。


旧約聖書自体は、メソポタミアやシュメール文明の神話から引用されて編纂されています。

古代の神は、多神教ですしイスラエル民族の中では、ヤハウェの他にエロヒムと言う神がいます。

元々は、エロヒムが中心で愛と繁栄と寛容の神でしたが、ヤハウェは、妬みの神唯一自分のみを信じなさいと明らかに性質が違います。誰を妬んだのか?ここがポイントです。


ヤハウェが入り込んだ背景にイスラエル民族のエジプトの奴隷の時代の影響があります。

ヤコブイスラエルの子供の時代に色々ありエジプトに行くのですが、エジプト時代の400年間でヤハウェ信仰が芽生えます。

ヤハウェとは、ありてあるもと言う意味で本当の名前を隠しています。

本当の名前は何であったかと言うと、アテンと言います。

なぜ、名前をかくしたのか?

有名なエジプトのツタンカーメン王の時代に、宗教的な出来事があり、それが発端となっています。

ツタンカーメンは、ほんとうは、トト アンク アモンと言う名前です。字を訳した学者の知識が不足していて、トトアがツタンになり、アンクアモンの部分がタンカーメンになっています。西洋人が読むとツタンカーメンになりますが、日本人が読むとトトアンクアモンです。

トトとは、エジプトの古い神で、ピラミットを作った神とも言われてエロヒムと同一視される神です。アンクとは、エジプトの壁画の人物が必ずもっているメスマーク見たいな形で、復活を意味します。

アモンとは、日本では天のと言う意味と同じ意味です。

ツタンカーメン名前の意味は、天のトト神の復活と言う意味です。

これは、父親のアクエンアテンの時代に伝統的な多神教をすてて、アテン神ただ一人を信仰すると言うもので、アテン信仰といいます。

太陽円盤から沢山の手が伸びた形の神です。唯一の神一神教のはじまりです。

アクエンアテンの代は、良かったのですが、幼いツタンカーメン王となる前に謀反見たいな形でアテン信仰は抹殺されて、もとの多神教に戻ります。

そして、ツタンカーメンは、トトアンクアモン、天のトト神の復活と名乗りました。エロヒム信仰に戻したのです。

以後エジプトでは、多神教が中心となり、唯一神の一神教のアテン信仰は、地下に潜り密かに残りました。

ここにヤコブイスラエルの子供のヨセフが奴隷としてエジプトに売られてきました。ヨセフは、奴隷から大出世しで大臣になった頃、大飢饉が訪れてユダを始めとするヨセフの兄弟たちは、食料を求めてエジプトにやって来ます。

大臣に出世したヨセフと再開し、イスラエル民族の元が形成されます。ユダヤ民族は、兄弟のリーダーのユダからはじまっています。

最初は良かったのですが、のちにイスラエル民族が増えすぎて来たので、警戒されて、建造物を造る奴隷とされてしまいました。

イスラエル民族の奴隷時代に特にユダ族を中心に地下に眠る一神教が広がって行ったのです。

在りて在るもの、淫らにかみの名を呼ぶな。呼ぶと捕まって弾圧されるからです。

アテン神は、いつの間にか在りて在るもの、ヤハウェとなっています。

ヨセフは、完全にエジプト人になりましたから、その子孫のエフライム族には、エロヒム信仰が残り、ユダ族を中心にヤハウェ信仰が残されます。

400年間をへてモーゼがあらわれエジプトから脱出しますが、信仰が二つあるのでなかなか民族は、まとまりません。

イスラエル王国建国後もまとまらず、南北にわかれます。

ユダ王国が先に滅び、こちら側に弾圧され滅ぼされた過去のアテン神の記憶が強く打ち出され、唯一絶対の一神教がヤハウェ信仰としてユダヤ民族中心に再出発します。

キリスト教は、愛の神エロヒムの部分が教え的に強く打ち出されましたが、妬みの神ヤハウェの部分も入り込んでいます。その後に出来たイスラム教も同じように二つの神が混在しています。

元々は、多神教が当たり前だった世界観から、アテン信仰から地下に潜った一神教がヤハウェを作り出しています。

信仰の世界ですので、ほんとうの歴史的な事実はなかなかわかりにくいですね。

2018/5/2507:52:00

古代イスラエル以外の地域で信じられていた一神教としては、エジプトのアテン信仰が有名。

これがイスラエルの一神教のルーツだと考える人たちもいますが、それを立証する資料などは存在しませんから、アイデアや思いつきレベルの話でしかありません。

il_********さん

2018/5/2415:32:13

ヤハウェ以外のメソポタミア周辺の一神教と言えば、おそらくゾロアスター教くらいしかないんじゃないでしょうか?
このゾロアスター教の神アフラマズダに関しては、古来から伝承された神なのか、教祖の独自の考案なのか、何もわかってません。


ここから下は直接の回答ではないですが、多くの方が「ゾロアスター教先行説」を述べてるのに対しての異論です。(自分の意見が正しいという言い方もしませんので、どの説を支持するかはお任せします。)

①既に回答されてる方もおられますが、ゾロアスター教の興りはまったく明らかでなく、そもそも始祖のザラスシュトラ(ゾロアスター)の活動時期からして「紀元前12〜9世紀頃」と、非常に曖昧です。一方でイスラエル国家が誕生していた頃(前12〜11世紀と言われてる)、既にペンタチュークは存在していました。
※ペンタチュークとは「モーセ五書」とも呼ばれ、聖書巻頭の5つの書の事でモーセ自身による書とされてます(異論もあり)。その最初の創世記からして、既にヤハウェと悪魔が描かれてます。
②両者の崇拝方法に違いがあります。ゾロアスター教は「拝火教」なんて別名もあるくらい、火に拘りを持ってますが、ユダヤ教はそこまで火に執着しません。
③「アフラ・マズダが唯一神」とは言うものの、ザラスシュトラの死後、周囲の民族の圧力を受けたからなのか、弟子たちが他の神々の存在を認めました。

故に、『ゾロアスター教の影響を受けてユダヤ教が成立した』と結論づけるのはいささか早急な気がします。ただ、バビロン捕囚後にディアスポラを経験したユダヤ人のうち、ゾロアスター教の影響を受けた人がいただろう事も十分に考えられます。

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dol********さん

2018/5/2411:24:44

> ユダヤ教、キリスト教、イスラム教上での神とも言えると思います

そもそも、これが間違っている。ユダヤ教、キリスト教、イスラームのいずれも、神を「ヤハウェ」とは呼ばない。

神、特に創造主というのは世界観とセットなわけで、世界観が異なれば神も変わる。たとえ、同じ起源だと主張する者がいたとしても、「同じ起源だ」という主張がそもそも世界観の一部なわけで、それ自体が宗教的な見方にすぎない。

で、ヤハウェの起源は定かではない。ある人は、エジプトのシヌへ物語に出てくる「北の楽園ヤー」が、何らかのつながりを持つのではないかという。あるいは、エジプトのカルナック/ソレブ神殿に書かれた民族一覧のうち、「ヤーのシャス」というのが関係あるのではないか、と言う人もいる。どちらも、もともと地名、あるいはその地の神であったことを示唆する。

旧約聖書の出エジプト記では、モーセがミデヤンの地にいたときにヤハウェと出会う。つまり、ヤハウェ祭儀がミデヤンからもたらされたとなっている。出エジプト物語に史実性を見出すのは困難だが、少なくとも古代イスラエルにおいてそういう起源物語が語られていた、というのは興味深い。

で、ヤハウェ祭儀が朧げながらも史実的に確認できるのは、前 9〜8 世紀頃ということになる。この時代は都市国家が乱立していたので、それぞれの都市がそれぞれの「唯一神」を持っていた。やや後代になるが、新バビロニア帝国でさえ「ナブーの他に神はない」と言っている。その割にエンリル、マルドゥクの祭は毎年行われていたけどね。

話を元に戻して、北イスラエルと南ユダでは、おそらくヤハウェ祭儀の形態が異なっていた。国際色豊かな北イスラエルの首都サマリアでは、男神ヤハウェと女神アシェラの二神教(多神教ではない)の要素が強かった形跡がある。そして、北と南の国境付近に聖所があり、国の守護神としてヤハウェが祀られていた。

一方、ど田舎の弱小国である南ユダではおそらく、この世の創造神としてのヤハウェが祀られていた。それは太陽神の性格も飲み込んでおり、エジプトから何かしらの影響を受けたものかもしれない。そして、王イコール祭司であり、王がヤハウェに毎日祈りと犠牲を献げることが、この世の秩序の安定をもたらすと考えられていた。

しかし、新アッシリア帝国によってアラム諸国と北イスラエルが滅ぼされ、その難民が南ユダに逃げ込んでくると、ヤハウェ祭儀は拡大する。創造神としての性格はそのままに、アッシリア帝国に対抗するための「大王としてのヤハウェ」の性格付けがなされる。それはどの国の王も神も太刀打ちできない「唯一の神」だ。

一方で、北イスラエルのヤハウェ祭儀が持っていたある種の「ユルさ」は排除され、女神アシェラの配偶神であったヤハウェは「バアル」として、全否定されるようになる。

で、モーセの出エジプト物語に戻るが、このとき神ヤハウェの名前が動詞 hayah「ある、いる」と結び付けられるようになる。つまり、ヤハウェは「あらしめる者」、存在の根源にして創造主だとね。この言葉遊びは、北イスラエルのヘブライ語からは出てこない。

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mar********さん

2018/5/2410:03:30

そもそも唯一神という考え方の問題ですね。
ただ単に選民思想に基づく民族神の一柱に過ぎません。
要するに、それぞれの民族が奉ずる神がいるわけですが、特定の民族にとっては自分たちの神が絶対唯一であるという考えの中で、ユダヤ教の一派に過ぎなかったキリスト教が世界宗教となったことで全世界に唯一の神という認識をされるに至っただけです。唯一神の概念としてはっきり明文化されているものでは、ゾロアスター教の方が先行しており、ユダヤ教もキリスト教もその影響を強く受けていると言われています。

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