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私は男同士の恋愛について深く考えるようになった。名前を聞いたことすらない国立...

pie********さん

2018/5/2821:58:35

私は男同士の恋愛について深く考えるようになった。名前を聞いたことすらない国立男子大学生のAさんと名前を聞いたことすらないFラン男子大学生のBさんが、ユーチューブという非常にオープンな

スペースで愛について語り合うのが今では不可能ではない。2人はラインや電話をしたことすらないのに、普通に愛について語り合う事ができる。

どうでしょうか?

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hay********さん

2018/5/2919:06:11

横浜市神奈川区中丸1-22にある日蓮正宗応顕寺住職早瀬道寧(写真)は男同士の恋愛に理解があるようだよ。

応顕寺物語
みなと横浜の中でも朝鮮系が多い港北町の中心に位置する繁華街に建立され、
赴任を希望する住職資格者が多い状態で、早瀬道寧に白羽の矢が立ったのは
たんに道寧の父親が大石寺の法主であるという一点にすぎない理由であった。
毎月行われる御講という坊主の給料日には、善男善女が、実は無能にして
洞察力の乏しいアホ信者が、功徳とかの御利益を求めてその見返りに差し出す
「御供養」という「取引」の日であり、坊主にとっては物欲の資源であり
〝資金源〟であった。
その資金源の片隅に「森常男」という朝鮮人であるとともに男色性欲者が
いたのは眷属といって、世間では「類は友を呼ぶ」というたぐいのものであった。
森常男は悶々(もんもん)としていた。
今日うけた大石寺の教学試験では誰でも知っている初心者の試問である
破和合僧を、師範である道寧の発声不明瞭のおかげで「不和合僧」と
回答してしまったのである。
「あのクソ坊主野郎めが!」
森常男は早瀬道寧をぶん殴りに行こうと決意したのだった。

森常男は、大石寺の系列寺院における代々の信者で、法道院という元本の寺院における分院という位置づけであり、チムポに付き物
のチンカス的存在であり、バギナにおけるマンカスに相当する寺院であり、ゲイが行為が終わって抜いた男根の、首根っこについた
ウンコのような存在であった。
早瀬道寧は悶々(もんもん)としていた。在勤していた所化が二人とも重度の「肛門裂傷」で入院してしまったからである。
題目を唱えるたびに勃起してくる自然現象は、偉大なる生命の哲理であり生理であることは自然科学の分野においてもホルモンの
強烈な作用によるものであることは確認されている。
早瀬道寧はホルモンの活動が異常といえるほど活発であり、自分自身では制御(コントロール)し難い状況にあることを父親のせい
であると喝破し、恨むとともに「感謝」している一面もあった。つまり、矛盾が同居する支離滅裂な精神の持ち主だったのである。

早瀬道寧は題目を唱えながら思索した。階段の大御本尊は〝仏身〟そのものである。その大御本尊を信仰している自分は仏に準ずる
立場にあり、これこそ「痴涌の菩薩」の本眷属ではないだろうか、と。
であれば、末法の救世主であり世界を導く指導者である上首上行であるいじょう、己(おのれ)の男根を地球上のいづこにぶち込も
うとも、オイラのかってであり、自在の境涯における「特権」であるとの悟りに達したと、勘キ違いをしていた。
「肛門裂傷」で入院した所化の見舞に行ったとき、湧き上がる欲情をこらえきれず、傷口を広げるように男根を挿入したが、思った
ほど傷口は広がらず、つまり短小を立証してしまったことに後悔の念が涌いていた。肛門裂傷はたんに挿入の回数が限界を超えて
行われた、つまり「仏罰」だったのである。
しかし、早瀬道寧もその異常な欲情行為の当然の見返り(因果応報)として、大腸菌性尿道炎をわずらっていたのである。

道寧は苦悶していた。「あいつらは当分使い物にならないからのう」先日見舞
に行ったおり、病室で目があったさい、恐怖(くふ)におびえた若い所化の目つき
が痛々しかったことを苦々しく思い起こしていた。

「そうだ、こうなれば在家という手があるじゃないか」赤く充血した道寧の目は
油をそそいだよう晴天の水面のように乱反射で燃え上がった。森常男に血脈相承
について道寧から電話があったのはその夜のことである。

「御前様、ただいま伺いました」常男はうやうやしく平伏し対面の挨拶をした。
道寧は満足そうに「うむ」とうなずくと重々しく切り出した。
「のう常男よ、あいつら所化は頼りにならんわ、これでは大事の御法門もわしで
終わってしまふ、そこでおまえに大事の血脈を相承しておきたいのだよ」

「私ですか」常男は歓喜に打ち震えて思わず道寧を見上げたときやや声がうわず
っていた。「御前様から自分に血脈相承、血脈相承」応顕寺の血脈相承は在家
には授けない。出家を差しおいて自分に相伝するというのである。
先祖代々の応顕寺信徒である常男はご先祖様にただ、ただ感謝するのみであった。

道寧は、はぁはぁと臭くて荒い息を振りまきながら「常男よ、では着衣を脱いで
浴衣に着替えるがよい」常男は庫裡のかたすみで感激にふるえながら着衣を脱ぎ
落として道寧にいわれるまま〝浴衣〟に着替えた。

横浜市神奈川区中丸1-22にある日蓮正宗応顕寺住職早瀬道寧(写真)は男同士の恋愛に理解があるようだよ。...

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