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1977年(昭和52年)に在日アメリカ軍のファントム機が民家に墜落し幼い兄弟がなく...

yuj********さん

2018/6/620:57:25

1977年(昭和52年)に在日アメリカ軍のファントム機が民家に墜落し幼い兄弟がなくなり、彼らのお母さんも重傷を負った上に旦那から離婚を迫られ、精神病院に入れられ、1982年(昭和57年)にこの

世を去りました。

当時の在日アメリカ軍は飛行訓練を行う場所になぜ民家が集まる場所を選んだのか?

またなぜ当時の福田赳夫首相はこの事件に対してアメリカに強く意見を言えないのか?

なぜ在日アメリカ軍のトップはお咎めがなかったのか?

理解ができません。

昭和52年当時は

・北朝鮮による拉致被害が多発した

・暴走族の全盛期で各地で多くの人々が多大な迷惑を被った

時代でした。

アメリカ軍の厚顏無恥な態度にも腹が立ちますが日本の政府、海上保安部、警察組織などなぜこうもひどく腐っていたのでしょうか?

当時の日本の大人達はアメリカ同様人の命なんてどうでもいいと考えていたのでしょうか?

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zez********さん

2018/6/621:10:11

はっきり言いますが、そういう主張は「自国の力だけで国防を完遂できる国」だけがやる資格がある主張です。当時の日本は(今もですが)国防をアメリカに依存している状況であり、アメリカが「そういうことを言うならもうアメリカは日本を守らないよ」と言えばあっという間に近隣諸国に領土奪られ放題になっちゃう国だったんです。そうなれば、米軍のやることに対して文句を言いづらくなるのは当然のことです。

戦前のように国家予算の大半を軍事費が占め、国民には長い徴兵の負担があり、軍組織が巨大官僚組織として国内でデカいツラをする。アメリカにもの申す国になりたければそういう状況を甘受しなければいけません。国際関係において、犠牲なしに権利を獲得しようなんていうのは甘い考えなんですよ。

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ali********さん

2018/6/708:20:11

アメリカ側の視点として

何故そこに民家があったのか?

日本は敗戦と共に、
主権国家では無くなりました

連合軍が統治し
制空権ももちろん保持します

民家がもし、
その後に建てられたのであれば、
何故そこに民家があったのか?

になります

def********さん

2018/6/621:03:10

あなたのお父さんやお母さんに、何で当時何もしなかったんだーと怒鳴りこんでみてみたらどうでしょうか?

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