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江戸時代に対馬の宋氏は江戸幕府から許可を得て、朝鮮半島に渡り倭館を設けて李氏...

kut********さん

2018/8/914:45:28

江戸時代に対馬の宋氏は江戸幕府から許可を得て、朝鮮半島に渡り倭館を設けて李氏朝鮮と交渉をして商いをしていましたが、宋氏の家臣達はハングルを学んで話せる様にしていたのでしょうか。

また、長く倭館に滞在していたら、李氏朝鮮にいる火病や反日はありますが整形している美人な現地の女を側室には出来たのでしょうか。

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ベストアンサーに選ばれた回答

umi********さん

2018/8/922:45:17

倭館内は女人禁制だから側室には無理です、今の大使館的な存在です。
側室というよりは買売春です、コールガールが忍び込んできました。
朝鮮語を扱うのは町人の通詞で業績をあげるとか長年勤めると帯刀が認められたり場合によっては士分(御徒だから足軽くらいか?)に取り立てられたりしました。
ちなみに朝鮮側日本語担当者の訳官も平民の中人階級でした。

質問した人からのコメント

2018/8/15 20:58:55

不細工ばかりだったんですね。

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lam********さん

編集あり2018/8/916:53:25

時代は違うが、大陸から来た秦氏も、異例の速さで朝鮮半島だけは駆け抜けて日本に定住したし、第二次大戦の追軍売春婦を見た米軍人の日記には、「目ぼしい麗人は全く見当たらない」と書いてあるほど外国人には受けが悪かった現地人を、わざわざ側室にしたモノ好きが一体いたのかな?

aki********さん

2018/8/915:30:26

そんな昔に整形できるぐらい技術が有ったのなら日本に併合されてないかと。

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