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2018/8/15 8:08

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無調音楽についておしえてください。 無調音楽の原則は12音全て平等、つまり5分の曲だとしたら出番の回数は12音全て同じってことで良いですか?

無調音楽についておしえてください。 無調音楽の原則は12音全て平等、つまり5分の曲だとしたら出番の回数は12音全て同じってことで良いですか? ハ長調ならCが主演でCDEFGABが主な出演陣で脇役としてC#D#F#G#A#が出る程度。 無調のピアノ曲を作るとしたら極端な話ですが右手だけで左手使わないとして CC#DD#EFF#GG#AA#Bの順番で演奏したらこれで無調の完成ですか? ピアノ曲で片手だけってのも味気ないので左も使おうとなったら 右CDEFGAB 左C#D#F#G#A# こうすれば無調の完成ですか? これは極端な例としてです。 一度登場した音は他の11音全て登場するまで出てはならないのですね? 例えばですが、CC#DD#EFF#GG#AA#と弾いてBが出る前にCが出てしまったらこれは無調ではなく調性音楽となるのですか? そうなってくるともちろん感性が求められるのですが数学的な思考で作らないと難しいってことになりますかね。 アルバンベルクのヴァイオリン協奏曲は無調音楽特有の雰囲気は感じられないのですが、技巧を凝らすと無調音楽にも感情、情緒、精神、魂を表現できるってことですか? あれが無調音楽だなんて信じられないくらい調性音楽的に聞こえます。

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「12個すべての音が出揃うまでは同じ音を重複しない」というのは無調をシステマティックに体系化した十二音音楽のこと。広義の無調音楽はそのように体系化される前の自由な形態と言うことができる。 だからその前段階である無調音楽においては同音の重複、反復などは頻繁に行われている。 システマティックな十二音技法の規則に厳格に従って作曲すれば音の出番は均一になるだろう。ただし同じ音を細かく分割する(例えば4分音符1個を8分音符2個に分ける等)はできるのでのべ回数は異なる可能性はあるが。 基本的には調性を感じさせないように音を並べていくというのが無調における主要な「規則」ということになる。 だからドから半音ずつ上がっていくスケールはドを帰着点=主音として感知してしまうし、ハ長調スケールに黒鍵の5音音階をつなげるスケールはもっと直裁に調性を感じさせてしまうから理論的には可能でも実質的には十二音音楽では採用されない。 そもそも十二音が生まれたのは「無秩序的な無調音楽にも構造的な統一性をもたせられないだろうか」という要請に基いている。だから12個の音を並べたり対位法的に組み合わせたりするときには調性感を出さないように音を選んでいく配慮が必要なのは必然の条件となる。 だから総数4億8千万ある音列パターンの中から非調性的なものだけを選びとる作業が必要となり、ここではむしろ数理的な論理よりは聴覚上の正確さや熟練を要するものと言える。 ただベルクの協奏曲は音列の並べ方が調性を感じさせるものとなっている。 ソシ♭レファ♯ラドミソシド♯レ♯ファ これを見るとト短調+ニ長調+ィ短調+ホ長調+全音音階となっていることがわかり、めまぐるしく転調を連続させた調性音楽の要素を持っていることがわかる。 「総数4億8千万あるパターンから選び出された非調性的なもの」ではないパターンがベルクの協奏曲であり、フランク・マルタンの諸作品などであると言えよう。 これに対し南弘明はこのような調性感あるセリーも「特別な意図があるなら可能である」としている。(「十二音による対位法」) またこの音列が第1楽章の主題として提示されるときはひたすら上に上昇していくだけの音形をとり、分散和音的となって、これが調性を感じさせる要因のひとつともなっている。 もしジグザグの音形を取ったりオクターブ以上の跳躍を含んでいたりしたらこうはいかなかっただろう。 作曲家クルジェネクは各種音程を聴覚的緊張度に応じてランクづけしている。 最も安定している完全1度から始まり、完全5度、長3度、長6度と順次緊張度が加わっていき、長7度を最も緊張度の高いものと位置づけている。 この緊張度の高低を上手に利用しながら「表情」をつくっていくということになるのだろう。 またテンポ設定、音色、デュナーミクのヴァリエーションを加えることによって更に多様な「表情」を作り出していくことになる。 よく十二音の世界を「数学的」と表現するがそこのところはよくわからない。 私自身数学の専門家ではなく高校の微積分あたりで知識は止まっているから、明確な答えができないという面もあるが、十二音に関する理論書を読んでもその方法論は経験則から導き出された帰納法的なものであり、そこに数学的な公理や法則性を演繹していくという考えは読み取れない。 十二音を更に発展させたセリー・アンテグラルまで行くと数学的な方法論が必要なのかも知れないが、少なくとも初期のウェーベルンあたりまでの創作においてはそれほど専門的な数学的知識は必要ないように思える。 それよりは確率論を音楽に応用したクセナキスの音楽や倍音に対する深い知識と経験を必要とするケージのプリペアド・ピアノミュージックのほうがよほど数学的と言える。 上述のクルジェネクの音程論も比の形で数値化されたものを元にランクづけしたものでありその意味では数学的であるが、そのあとそれらの音程をどのように駆使していくかは作曲者の感性に委ねられているというべきで、そこで数学的な知識が必要なのかは疑問を感じる。 以上が「無調を秩序づけるために」考案された十二音であり、その方法論自体が創作の目的となった初期の考え方であるが、やがて十二音の作法をそれ自体を目的とするではなく、ある表現を実現するための手段として使う傾向が生まれてくる。その最初の集大成がシェーンベルクの「モーゼとアロン」であり、ダッラピッコラやツィンマーマンらの創作へと繋がっていく。 反対に方法論自体を「開発・発展」させる方向へと向かったのが、メシアンのリズムのモードなどの助けを刈りながら音高以外の各パラメーター(音価、デュナーミク、音色など)までをもシステム化していくトータル・セリー(セリー・アンテグラ)を掲げる流派であり、こちらはブーレーズやシュトックハウゼンといった人たちが中心となって活動を展開していくのである。。

十二音技法はその発想において数学と相通ずるものがあるのではないかと思えてきました。 例えば数学には+とーという記号があるけれどもこれは量の変化を促す意味と同時に方向=ベクトルを示すものでもあるわけです。 今仮にY=3Xという事象が起こったとします。これをY=ー3Xとすると同じ事象が反対方向に向かって起こることになる。 これなんか「逆行形」ににているのではないかと思うんです。 セリーというある事象が決まるとそれが順次式に左から右へと進んでいくのが「原形」だとするとそれをまるまる逆へ進ませるのが「逆行形」です。 またY=3X+1は「ある事象が常にプラス1を伴って起こる」ことを意味します。 原形を長2度移調して原形Ⅱをつくると、これは「原形の現象が常に長2度移調された状況を伴って起こること」を意味するようになります。 発想において非常に共通性を感じます。 反行形はY=1/3Xで逆数の関係と言ったところでしょうか。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答ありがとうございます! 大変音楽に造詣が深い方とお見受け致しました。 またの機会がありましたらよろしくお願いします。

お礼日時:2018/8/21 21:34

その他の回答(5件)

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基本的に楽器を使った場合は完全なる無調にはなりません、ある程度の調性感は保たれますね。今後テクノロジー由来で音階というものが無くなれば無調になるでしょう。

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仰っておられるのは無調音楽の作曲技法である 「十二音技法」のことだと思います。 CC#DD#EFF#GG#AA#Bの順番で演奏したら、ただの半音階です。 十二音技法では、12個の音を1回ずつ、順不同で並べたものを作ります。 これを「セリー」と呼びます。 三度音程とか五度音程とか音階とか、調性を感じさせないように気をつけながら、ランダムで並べます。 セリーが「主題」のような役割を果たします。 セリーを左右反対にしてみたり、上下反対にしてみたり、半分の長さにしてみたり、倍の長さにしてみたりすると、第2、第3のセリーが出来ます。 これらを元に楽曲を構成すると無調音楽の作品が出来上がります。

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無調音楽は、調特有のきまりがない音楽です。 調性が感じられません。 だから、調性音楽に染まってきた私たちが無調性音楽を作るのは、難しいでしょう。

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音が動いている間、特に高速に 動いてると、浮遊し続けますが、 音が止まった瞬間、最後の音が、 調性を呼ぶというか感じさせる と思うんですがね、ある程度は。 だから、それを破壊する次の音 が、難しくなるんでしょうかね。

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おっしゃっている「12の音を使うまでは他の音を使えない」のは「無調音楽」ではなく、無調音楽の一つの種類である「十二音技法」のことです。ですから、十二音技法ではない無調音楽もたくさんありますよ。