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江戸時代以前に動物の乳をのんでいたきろくはありますか?

sai********さん

2018/8/2423:25:47

江戸時代以前に動物の乳をのんでいたきろくはありますか?

補足庶民はのんでいましたか?日本人は大豆の発酵食をたべて
ヨーグルトのような発酵食品はたべていないようなイメージですが。
貴族のような人はながいきしたのでしょうか?

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end********さん

2018/8/2501:42:12

牛乳の日本への伝来は古墳時代とする説があります。記録に残っているものでは、孝徳天皇(在位645~54)の大化年中、呉の帰化人福常(善那)が天皇に牛乳を献上、大和薬使主(やまとくすしのおみ)の姓を賜わったとあります。
乳製品である酥(=そ。蘇とも。練乳〈今日のコンデンスミルク〉のこと)については、『延喜式』に諸国酥貢の制が定められ、朝廷から諸国に乳戸を置き、搾らせた牛乳を煎じ詰めて練乳とし、11月以前に貢進せしめた(出雲に限り12月)とありますね。肥牛は日に大8合、痩牛はその半量とし、製法は乳1斗を煎じて酥1合を得るとするものでした。練乳を酥ということは「涅槃経」に「譬へば牛より乳を出し、乳より酪を出し、酪より生酥(しょうそ)を出し、生酥より熟酥を出し、熟酥より醍醐を出すが如し、醍醐最上なり……」などとあるためで、五味の最上といわれる醍醐は、現在のチーズに当たるとされています。
なお、馬乳については記禄が見つかりませんでした。
(『飲食事典』/本山荻舟、『たべもの起源事典』/岡田哲、『日本食生活史年表』/西東秋男など)

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goo********さん

2018/8/2423:39:34

天平時代の貴族は大陸文化の影響からか、「酪」とか「蘇」という乳製品を食していました。

酪は今でいうヨーグルトのようなもの。蘇はバターやチーズのようなものです。

蘇をさらに精製したのが「醍醐」で醍醐味、という語はここから来ています。

主食というよりは滋養強壮の薬みたいなもの、あるいは酒のつまみが多かったみたいです。

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ski********さん

2018/8/2423:32:33

牛乳は薬として飲んでいた。

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