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哲学を学んでみようと思い、有名なコペルニクス的転回というところで早くも、全く...

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ID非公開さん

2018/8/2607:21:38

哲学を学んでみようと思い、有名なコペルニクス的転回というところで早くも、全くわからなくなりました。りんごの例です。

知恵袋で同じようにわからない方がいて、質問されてますが、その答えを見ても、買った本の説明を読んでも、何度読み返してもわかりません。

対象が存在していてそれを認識がとらえるのではない??? 対象があってそれを目で見て脳が認識しているのではないのですか?そもそもこの事は脳科学で説明できないですか?答えのようなものを。

見え方が違う場合があるということの意味ですか?
少し前に話題になった、これが何色に見えますか?と多くの人に聞いたら答えが違ったように。
見えている世界が同じとは限らない事を言っているのでしょうか?

熟語を連続で用いて説明をされると途端に混乱してしまいます。私の勉学の力が足りないのですが、こんな私でもわかるように、これでもかとわかりやすく説明をしていただけませんでしょうか? 正直、わからなすぎてイライラしています。

カントという方が、多くの人はこう考えていると思うが、そうではなくこうだ、というその、こうだという部分が同じことを違う言い方をしているように思えます。何が言いたいのかまるでわかりません。

補足正直、難しいです苦笑。お答えを拝見しても正直わかりませんでした。自分の目の前にあるりんごの認識について、複数の考え?がある事など思いもしませんでした。
いかに私の哲学の才能や頭の回転がないかが、よくわかりました。
もっと書籍などで勉強が必要です。
ご回答頂き感謝致します。

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new********さん

2018/8/2610:51:15

哲学素人の持論100%です。

簡単に言ってしまえば、物や現象は、人間の認識によって存在するのかしないのかの問題です。

目の前の石の存在を
カント以前の哲学(コペルニクス的転回以前の哲学)では
「石がそこにある。だから私たちは目で見て石がそこにあると思う。」
(人の認識以前からその存在があり、認識はその後に起こる)と主張し
コペルニクス的転回のカント哲学では
「私たちが目で見て認識して、石があると思う。」
(人の認識によって初めてその存在が生ずる)
と主張する。

人類が意識するとしないに関わらず物質やエネルギーは物理の法則によって存在します。
ダークエネルギーやダークマターは人の目には触れることは出来ません。
人の認識の発達によって存在が明らかになったことです。
なので、未だ発見されていない物質やエネルギーは存在するのかしないのか?と言えば
人間が認識出来ない物は存在しないのと同じことです。

遠くアフリカで起きている不幸な事件は私には認識できません。
その事件は私には存在しません。
限りある時間と場所で生きていかなければならない人間には「本当はこれが正しいを知ること」は所詮無理なこと。
無理に分かろうとせず、認識できる範囲で幸せに生きることを考えているだけのこと、それが分かったつもりの勝手な自分の哲学です。

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pet********さん

2018/8/2716:12:52

対象とは、りんごなどの事でしょうか。
りんごなどの対象は、樹木として存在します。樹木は地中の存在によって、空気組成、太陽光などによって生存します。
空気は大気圏へとそのまま繋がり、そのまま宇宙空間と繋がっています。
地中は一つの球体として存在し、それは引力によって地球が存在するのです。
地球は、宇宙として物質の引力の影響により実在します。
りんごは、こうした一定の環境として交じわることで、りんごとした樹木や果実は存在します。
りんごとは、認識できるようなかたちで、そのアウトラインに従い線引きをすることで「りんごなどの対象」は知覚されるのであって、もともと宇宙として一時的にかたちづくられた状態にあるりんごは、対象として認識されるように独立して存在するのではなく、宇宙として実在するのです。

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sen********さん

2018/8/2621:43:46

カントの考えでは原因結果とか自然の法則というものは、客観そのもの(物自体)の秩序ではなく、あくまで主観が設定した秩序だということです。

このように物自体は認識できないとカントは考えましたが、一方、「現象界」=「私にとっての世界」のなかに認識を形作る共通な秩序があるとみなします。つまり「私にとっての世界」の内部に、客観的な秩序、つまり堅固で他者と共有しうる秩序が形成されるとみなしました。

そしてカントは、何かが認識の対象となりうるためには、空間・時間の枠組みに入ってこなくてはいけない、と考えます。
つまり魂とか神とかは対象にしないということです。

哲学を学ぶとかデカルトやカントの本を読むとかよくありますが、一体何を問題として語られているのか、何について探究しようとしているのか事前に押さえておく必要があると思います。
上記の文章は「集中講義 これが哲学!」西研著 河出文庫を参考にしました。
哲学全体を俯瞰するのに良い文献だと思います。

なお、脳科学でも説明できません。脳の認識も主観になりますので。

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