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アンドリューNDR114を視聴しました。

yuy********さん

2018/8/3122:39:31

アンドリューNDR114を視聴しました。

始終ずっと泣きっぱなしでした。
でもアンドリューが人間になって行くにつれ、なんだか少しだけガッカリしていました。
凄く感動しました。
でもやっぱりアンドリューは依然のアンドリューの方が素敵だったなと思いました。
わたしは面食いなんだと思います。
こんな自分が嫌いです。素直にアンドリューが人間になれた事を喜びたかったんです。でも感動したし良かったなあって思ったんですけど気持ちは冷めてました。
わたしはどういう人間なんでしょうか?
これは作品に対する思いとして普通なんでしょうか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

mit********さん

2018/9/109:35:47

たぶん、
「人間とロボット(生物と機械)の違いはどこにあるんだ? 見た目(器)は違っても本質(魂)に変わりはないんじゃないか?」
というのが作品のテーマなので、だんだん人に近づかないと、話が進みません。
ただし、
「ロボットの姿にこそ愛着を感じた。本質は人と同じだと思った。」のであれば、制作者側の思う壺かも。

昔むかし、大昔、
「ショートサーキット」という映画がありました。軍事用に開発されたジョニー5(だったかな?)という、いかにもロボット(カメラの目に金属フレームの手、キャタピラの足みたいな)という風体のロボットに、魂があることが証明されて市民権を得る。みたいなオチ。
はたまた、
「ダリル」という映画もありました。こちらは、養子?に迎えた男の子(ダリル)が実はロボットだった(DARYL: Data Analysing Robot Youth Lifeform)というもの。

で、後者は物語はともかく、演じているのは紛れも無い人間の男の子なので、感情移入できてあたりまえ。前者はいかのにもロボット(機械)なのに、いつの間にか感情移入してまうので、(子供ながらに)不思議な感じがしたのを覚えています。

人形でもぬいぐるみでも、人(生物)の形をしているものに感情移入するのは、さして不思議なことではないですね。逆に、そういうもの(無機物)にこそ強い感情を抱いたりすることも、さして珍しくはないような気がする。かもしれない。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

dam********さん

2018/9/111:30:10

人間として、愛する人との結婚を社会に認めてもらうため、人と同じように自分の機能を劣化させていく。

そしてようやく結婚が認められたとき、愛するひとが、息を引き取ってしまう。
あとを追うように自分も。

しかし、2人はこれ以上ない幸せに満ち溢れてこの世を去ったと思いたい。

もう号泣でした。
思い出しただけで涙が溢れてくる。

冷める?
まだ、みたりない。
勉強が足りませんよ。

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