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新幹線が「逆風」になった津軽と北海道の交流 元特急停車駅・蟹田、「風の町」は復活す...

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ID非公開さん

2018/9/1200:10:15

新幹線が「逆風」になった津軽と北海道の交流
元特急停車駅・蟹田、「風の町」は復活するか

JR蟹田駅は青森県外ヶ浜町の蟹田地区に位置する。

かつてはJR津軽海峡線を経由するすべての特急「スーパー白鳥」「白鳥」が停車し、津軽半島最大の鉄道の結節点だった。

しかし、2016年3月の北海道新幹線開業に伴って特急がすべて廃止され、結節点の役割は北隣・今別町にある奥津軽いまべつ駅に移った。地元のダメージは大きかったが、なぜかほとんど話題に上ることもないまま、新幹線開業から3年目の夏が過ぎた。

人口減少と高齢化が進む外ヶ浜町や津軽半島に、新幹線はどんな変化を及ぼしているのか。全線開業から60周年を迎えた津軽線の沿線で、「遠くなった北海道」に向ける地元の視線と動きを追ってみた。

太宰治が名付けた「風の町」

8月中旬、蟹田駅ホームにささやかな“ラッシュアワー”が訪れた。午前11時38分、青森発蟹田止まりの3両編成電車が到着。向かい側で待っていた蟹田発三厩行きの気動車に、50人ほどの利用者が乗り換えた。
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地元の人や遠来の家族連れ、若い男女の旅行者まで、さまざまな人が一斉に行き交う。鉄道ファンが多いのか、やや古びた車体にスマホを向ける人が目立つ。人だかりはあっという間に気動車に吸い込まれたが、2両編成の車内にはまだ余裕があった。

「蟹田ってのは 風の町だね」と風格ある文字がホームの木製看板に躍る。作家・太宰治が小説「津軽」に記した言葉だ。蟹田はもともと、旧蟹田町の役場所在地だった。

「平成の大合併」で2005年、町は津軽半島北端の三厩村、北隣の平舘村と合併して外ヶ浜町となった。「外ヶ浜」は津軽半島の陸奥湾沿い一帯の古名だ。それから10年余り、町は人口約5700人、高齢化率46%と、青森県内でも人口減少と高齢化の先端をいく。

蟹田駅は1951(昭和26)年、津軽線・青森―蟹田間の開通とともに開業した。7年後の1958年、津軽線は三厩まで延伸され、今年で60周年を迎える。地元で津軽線と呼ばれることは少なく、蟹田の「蟹」にちなんで、濁音で「ガニ線」と呼ばれることが多い。

蟹田駅や奥津軽いまべつ駅の構内では、「蟹”線全線開業60周年!」の文字、それに地元で愛される花見の名物「トゲクリガニ」のイラストが並んだ、横断幕やのぼりが目を引く。
https://toyokeizai.net/articles/-/236713

以上のごとく北海道新幹線は海峡を挟んだ地域同士の交流を妨げているみたいですがやはりこれほど地元に歓迎されていない新幹線は史上初めてですか。

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川馬さん

2018/9/1818:07:57

国鉄民営化以降に開業した新幹線は多くの場合その並行在来線が第三セクター化されており運賃もJRの所属だったときと比べて大幅に値上げされているので地元はほとんど歓迎していませんでした。
したがって地元は北海道新幹線をまったくといってよいほど歓迎していなかったのは確かですが史上初めてということは無いと思います。

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ari********さん

2018/9/1419:19:57

止まってた時も止まらなくなっても、
大して変わらないからでしょ。

surekleさん

2018/9/1221:05:50

白鳥が停車していた時代に、蟹田が何か町興しをしていたとは思えない。
同様に新幹線停車駅の津軽今別も何をしているか分からない。

新幹線が開業しようがしまいが、たぶん変わらなかった。

2018/9/1202:33:12

初めても何も 暫定開業なので 仕方がない

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