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陳舜臣さんの著書である「中国五千年」下巻のなかで、 清朝では満州族は商工業...

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goo********さん

2018/9/2620:40:29

陳舜臣さんの著書である「中国五千年」下巻のなかで、

清朝では満州族は商工業に就くことが禁じられ、科挙受験に対してもあまり奨励されなかった。

満州族は軍人になることが望まれ(数多くの漢民族を統御するため)、軍人になればいろいろな特典が付いた(それが後に貴族化する)。

、と書いてありました。これは正しいですか?

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ste********さん

2018/9/2700:04:22

>満州族は軍人になることが望まれ

軍人の成ることが望まれたというより、世襲的な軍人であったと考えた
ほうが分かりやすいかもしれません。
中国史には、日本の武士やヨーロッパの騎士階級のような
世襲軍人貴族層が発達しませんでしたが、
清朝における旗人は、特権身分であり、世襲軍人と言えるような存在でした。

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>軍人になればいろいろな特典が付いた(それが後に貴族化する)。

これは、旗人のことを言いたかったのでしょう。
旗人は、清朝の貴族層といってもかまいません。

旗人は、八旗の軍人であり、彼らには旗地とよばれる土地が支給されていました。
このあたりは、封建制に近いかもしれません。
旗地からの収入が、彼らの生活を支えますので、
旗人は地主として、他の仕事をする必要がありませんでした。

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>満州族は商工業に就くことが禁じられ

明確に禁止されていたかどうかは、少し不確かですが、
そういう仕事をしなくてよいために旗地が与えられ生活が保障されていました。

>科挙受験に対してもあまり奨励されなかった。

これも奨励されないというより、必要なかったというべきでしょう。
満洲人の旗人は、科挙に合格せずとも官僚になることができました。
ですから、わざわざ科挙を受験する必要が無かったのでした。

例えば、清末の栄禄であれば、わずか16歳で工部主事に任官し、
その後、様々な文武の官職に就いています。

https://kotobank.jp/word/%E6%A0%84%E7%A6%84-36035#E3.83.96.E3.83.AA...

彼のような典型的な旗人は、家柄によって任官していました。

たまに、満洲人でも科挙を受験している変わり者がいます。
例えば、清末の官僚の穆彰阿などがそうです。
小説の『蒼穹の昴』でも、満洲人でありながら科挙官僚という
キャラクター(順桂という架空の人物)を登場させています。
いないわけでは無いですが、珍しい存在だったということです。

質問した人からのコメント

2018/9/30 22:08:36

詳しくありがとうございます。

ベストアンサー以外の回答

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gra********さん

2018/9/2623:51:27

まあ大体合ってると思っていいと思います。

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